少女が、泣いていた。
 あんなにも勇敢で、明朗で、堂々とした少女が。人目につかないような場所で一人で泣いていた。
 まるで誰にも涙を見せないように。まるで誰にも啜り泣く声を聞かせないように。小さな体を更に小さくして、彼女は泣いていた。

「私は……っ、死にたく、ないよ……! めいいっぱい長生きして、最高に楽しくて……幸せだったって、そう、最後に笑って死にたいの…………! 散々嫌われて、利用されて、棄てられる人生なんて……そんなの嫌だよ……っ」

 夕陽を全身に浴び、美しい銀色の長髪を風に預けて……彼女はさめざめと泣いていた。
 たまたま、甲板を歩いていてこの場に出くわしたけれど。僕は……彼女を慰める事も出来なかった。ただ物陰に隠れて彼女の心の叫びを聞く事しか出来なかった。
 どうして僕の耳は良いのだろう。どうして僕の目は良いのだろう。どうして、彼女が誰にも見せたくなかったであろう姿を目にし耳にしているのだろう。
 離れないと。この場を離れて見た事も聞いた事も忘れないと。
 そう思っても叶わない。僕の足はまるで床に縫い付けられたかのようにビクともしなかった。だけど……その代わり、僕の手はかつて無い程に震えていた。
 怒りから強く力が込められた手は爪がくい込み血が出ている。この憤怒を発散する方法もなく、溢れんばかりのそれがこの手と腕を震えさせているのだ。
 ──許せない。たった十二歳の少女にあんな言葉を言わせる人間が。
 生きる為に普通の女の子である事を諦めて異常にならざるを得なかった事が。
 誰よりもきっと報われるべき少女が、こうして人知れず苦しみ涙している現状が。
 こんな時であろうとも何も出来ない出来損ないな僕自身が。
 何もかも許せなかった。

 僕がどんな人間かも知らずに信頼して期待するようなお人好し。誰にも負けない才能を持っているのに、育った環境故かやけに自己を過小評価している天才。いっつも……見ず知らずの誰かの為に体を張って命を懸けている大馬鹿者。
 聖書に書かれた神の使いかと見紛うような美しく幻想的な容姿からは想像もつかないような、明るく前向きな人柄。
 とてもとても危なっかしくて、世間知らずで……笑顔がとっても眩しい女の子。
 あの子の事を考えるだけで沢山の情景と言葉が泉のように溢れかえる。