「ア? 何だ急に」

 バンッ、と指を鉄砲のようにして悪魔が何かを発射する。それは影の塊のような……いつか見た某真っ黒ななんとかすけみたいな。悪魔はアレを何度も何度も空中目掛けて発射していた。
 ねぇ、何してるのそれ? と口を動かすと悪魔はこちらを向いて。

「あー……侵入者を撃退してた。オレサマってば超気が利くからさ」

 へぇ、じゃあ貴方も撃退されて然るべきじゃない?
 とちょっとした悪ふざけを口にすると、悪魔は「クハッ!」と愉しげに笑った。

「生意気にも言うようになったじゃねぇかァ〜」

 そう弾む声で言いながら悪魔は私の頭をわしゃわしゃと掻き回してくる。
 ここはいつもの夢の世界。真っ黒で真っ暗な私の夢の世界。
 シルフに寝かしつけられた私は夢の中ですぐに目を覚ました。そこには既にあの悪魔がいて、こちらに気づくと空中をふよふよ漂いながら気さくに『よっ、数日ぶり』と手を振ってきた。
 その後またあの真っ白なテーブルで二人で話していた所、さっきの突然の発砲が行われたのである。
 実はですね。なんとこの悪魔、先程殊勝にも謝ってきたのだ。

『緑の竜の事……お前に全て背負わせて悪かったな、オレサマも多少は責任感じたから一応謝っとく』

 と悪魔が突然申し訳無さそうな素振りを見せたものだから、あの時はつい笑ってしまった。その事もあって何だかこの悪魔とも距離が縮まり、こうして悪ふざけを口にしたら笑ってツッコミを入れてくれるぐらいの間柄になったのだろう。

「……改めて考えると。オレサマは今お前の夢の世界にいるからお前の表層心理は感じ取れるものの…夢の世界に入っても尚、お前の深層心理には全くと言っていい程手が届かん。マジでどうなってんだお前?」

 突然、悪魔が真面目な口調で切り出した。
 深層心理ってのは聞いた事あるけど、表層心理って何。深層心理の対義語か何か?

「深層心理は人間には認識出来ん無意識領域のやつ。表層心理は人間でも認識出来る意識領域のやつだな。普通、夢の世界に入れば深層心理──相手ですら認識出来てない精神の奥底だって感じ取れるんだ」

 心とか感情とか夢とか記憶とか統括して精神って言ったりもするがな。と悪魔は付け加えた。それは何かの授業で聞いた気もする。
 何だったかな……確か、そう。現在確認されている魔力属性の話で、精神干渉系の魔力がどうのって聞いた気がする。
 そうそう、夢と愛と心って魔力が精神干渉系の魔力だーって習った気がするわ。確かに全部目に見えない精神的なものね……精神干渉ってそう言う事だったのか。

「へぇ、ちゃんと勉強してんだなお前。オレサマはとても偉大な悪魔だからな、その精神干渉とかもうちょちょいのちょいなんだわ。でもなァ……ことお前に関してはマジで意味分からんぐらい出来ねぇ。つぅかこうして夢の世界に入れてる事がおかしいぐらい、お前の精神にかけられた錠前やら鎖やらは異常に堅固だ」

 へー、よく分かんないけど私の精神の防犯組織《セキュリティ》しっかりしてるのね。よく分かんないけどラッキー。
 と悪魔の言ってる事を半分くらい理解出来ていない私は楽観視していたのだが。

「ラッキーじゃねぇ、異常なんだよお前は! 人間には不可能なぐらい……ってか神々とかと比べても遜色無いぐらいだ。そのレベルなんだよ……マジで意味分かんねェッ」

 真っ白な椅子の上で長い足を組み、ガシガシと自身の後頭部を掻き回す悪魔。あからさまに不機嫌になったようだ。
 ……それにしても。神々と比べても遜色無いレベルのセキュリティっていうのは中々に穏やかじゃないわね。
 そんなセキュリティの理由…………精神……心やらへの干渉が不可能……私の記憶(・・)をこの世界に流出させない為?
 もしそうだとしたら──私が、転生者だから?