「そう、大変だったんだね。お疲れ様……今から少し愛し子と話すからこの場は任せてくれたまえ」
「聖人様自らがあの女の元に……っ?!」
「いけません聖人様、愛し子は普通じゃありません! 聖人様にどのような無礼を働くか……!!」

 ニコリと微笑みかけて家の扉に手をかけると、ライラジュタとノムリスがそう必死の形相で止めて来た。しかしそこでジャヌアが二人の肩に手を置き、諭すように語り出した。

「……聖人様がお決めになった事に我々が反論してはならない。そうだろう、ノムリス卿、ライラジュタ卿」
「ジャヌア卿……」
「そう、ですね。確かに我々にはその資格は……」

 ジャヌアの言葉に口を閉ざした二人であったが、すぐさま「お止めしてしまい申し訳ございませんでした」と謝ってきた。
 僕は彼等に見守られつつ愛し子の家へと入る。さて……それじゃあ彼女に言いに行こうか。

 ──許可なく僕の名前を呼ぶな、と。

 だってもしこの事が姫君の耳にでも入ったら……愛し子と僕が親しいなんて誤解をされてしまうかもしれない。それは駄目だ、とても駄目だ。
 僕は愛し子に対して個人的な興味など欠片もない。愛し子に対してあるものは聖人としての責務と義務だけだ。
 僕の興味関心意欲それら全ては今姫君に向けられているのだから当然だ。だからこそ、こうして愛し子の元にわざわざ行くのも全ては念の為、万が一の対策なのだ。

「──初めまして、神々の愛し子。僕はここの統括者の聖人です」

 部屋の外にいても聞こえて来る愛し子の怒号。それを聞き辟易しつつも扉を開けた。すると、輝くような金色の髪に青空のごとき澄んだ水色の瞳の少女が、僕を見て満面の笑みを作った。
 でもそれを見ても僕は何も感じない。寧ろ……姫君の透き通るような銀色の髪と夜空のごとき深い寒色の瞳、それらが作り上げた可愛らしい笑顔が思い出される。
 ああ、今すぐ姫君に会いに行きたいな。愛し子の相手ではなく、彼女の相手をしたい。……でもそれは許されない。
 だってこれは聖人の役目だから。僕にしか出来ない役割だから。どれだけ面倒で億劫でもやらなければならない。
 そう、例え──相手が非常に厄介な存在であろうとも。