あの時、ラフィリアが何処かに行ってしまう姫君を慌てて強制連行していて良かったと思う。そのお陰もあり、ああして僕は姫君とゆっくりお話する事が叶ったのだから。
 …………まぁ、最初の方はあまり話を聞いて貰えなかったのだけど。姫君はお連れのナトラという竜の少女と仲良く食事をしていて……その姿がたいへん微笑ましいものだったから別に構わないんだけど、少しは僕の話も聞いて欲しかった。
 姫君は本当にコロコロと表情が変わる人だったなぁ。不機嫌な顔も怒った顔も、警戒した顔も困った顔も、笑った顔も照れた顔も……全てが姫君らしく可愛らしい。
 ただ、一応歴代フォーロイト帝国皇帝何人かと会った事もある身からすれば、本当に彼女はいい意味であの家系らしくない。
 その容姿は完全にフォーロイト家のものだけれど、こう、人格? とか性格がとことんあの血筋らしくないと。聖人的には思うんだよね。

「……主、氷王女事、本気?」

 ラフィリアの擬似人格(こころ)からの心配が僕に向けられる。
 ずっと黙り込んで脳内で記憶を再演していたからか、ラフィリアとて不安を覚えたらしい。
 僕はラフィリアに向けいつもの様に笑いかける。

「──どうだろうね。姫君が本当に神の言葉を聞いていたら良かったのに、なんて思うぐらいには姫君を手元に置いておきたくて仕方ないよ」
「……氷王女語、天啓──偽証」
「分かってるよ。大陸西側にあのような天啓が下った事も無ければ、神気も観測されなかった。あーあ、本当だったら良かったのに……そしたら合法的に姫君を国教会で囲えたのになぁ」

 心の底より吹き上げられた重いため息を口から押し出す。
 姫君の天啓と言う発言を聞いて、フォーロイト帝国を中心とした一定範囲の神気(神々が降臨された際にその場に残留する神聖力の事)の観測と、ここ数年間の神託の調査をラフィリアに頼んだ。
 数時間が経ち、神殿都市に戻った僕はその調査結果をラフィリアから聞いた。すると姫君の話していた天啓と思しきものは見つからなかった。

 つまり姫君の話していた天啓は嘘。姫君は、天啓ではない別の何らかの方法をもって緑の竜の件を知ったという事になる。
 嘘をついたという事は、つまり姫君はあの場で話せないような方法でもって例の事を知り得たという事。だがそれを追求するつもりは無い。
 誰だって隠し事の一つや二つあって当然だ。それに、国教会の信徒という訳でもない彼女が嘘をついていたとしても……僕にはそれを咎める資格など無い。
 そもそも僕にとっては彼女が嘘をついていた事よりも、彼女を合法的に囲う理由が無くなった事の方が個人的に心苦しい。

 …………こんな事を考えてしまうなんて。やっぱりこれは恋だ。
 だって昔本で読んだもの。特定の誰かの事ばかり考えてしまう、その人の事を考えているだけで胸が温かくなり同時に苦しくなる……それは恋をしている証拠なのだと!