「僕、恋しちゃったかも……」
「………………ハ?」

 自分の執務室で頬杖をつきため息混じりにもらすと、ラフィリアは珍しく単語一音だけを発した。
 面越しでも分かるラフィリアの冷たい視線。しかし僕はめげないのである。

「彼女の事を考えると今まで感じた事の無いような胸の苦しみを感じるんだっ……これはまさに以前何かの本で見た恋そのもの! ああっ、ついに僕にも恋を知る時が来たんだっ」

 ガタンッと椅子を倒す勢いで立ち上がり、手を大きく広げて演説する。ラフィリアは呆れたようにこちらを見ている……と思っていたら、

「……遂、頭狂……主……」

 ついに頭狂ったかこいつ(※特別意訳)と口にした。ラフィリアは相変わらず僕に対しては辛辣だ。別にいいのだけれど。
 そんなラフィリアの言葉も軽く受け流し、僕は語る。

「姫君がね、僕の事を友達って言ってくれたんだ。それにまた会いに来てって……あんな事を言われたのは初めてだよ」

 夕陽に照らされ輝く妖精のごとき愛らしさの姫君。彼女は僕の手に触れ、とても可愛らしい笑顔でまた会いに来てと言った。
 今までずっとずっと聖人として生きて来た僕を……ただ一人のミカリアという人間として、彼女は接してくれた。それに、自ら僕の事を『友達』と言ってくれた。
 それがあまりにも嬉しくて……あの時はつい年甲斐もなく泣いてしまったものだ。
 いやあ……まさか、ほぼ初対面の幼い姫君が僕の初めての友達になってくれるなんて! ふふふっ。思い出してついつい頬が緩んでしまいそうだ。

「聞いてよラフィリア〜っ、『どうか私が死ぬ前にもう一度会いに来てくださいね。後何年その猶予があるかも分かりませんが……約束ですよ? ミカリア様!』だって! 約束だよ約束! 僕、初めて指切りなんてやったよ〜!!」
「当然如、一言一句話…………恐怖……」
「えへへー、愛しい姫君の言葉は一言一句全部覚えてるに決まってるだろう? 全てそらで言えるとも!」
「変態、至急投獄推奨」

 変態は檻にぶち込まれろ(※特別意訳)とラフィリアは毒を吐く。
 しかしやはりそれすらも無視し、どろどろに緩む頬を整える事も諦めて僕は脳内で記憶を再演する。
 僕よりも一回りも二回りも小さな幼い体に抱えきれない程の重責を背負う姫君。それなのにその手は十二歳の少女に相応しく小さい。でも皮膚が固く、マメのようなものも幾らかあるようで……彼女のそれまでの苦労が見て取れてしまった。
 彼女の細く小さな指と僕の指が絡められた時。僕は何十年と生きて来て初めての感覚に襲われた。

 とてつもない温かみ。今までずっと求めていたそれがようやく手に入った事で満たされた心。
 夢にまで見て憧れていた友達という存在……初めて、僕自ら名前で呼ばれたいと思った相手。
 最初こそ様々な違和感や疑問から来る興味で姫君に会ってみたいと思っていたけれど、いざ本人に会うと……まるでそう定められていたかのように、彼女に惹かれていた。
 想像よりもずっと美しく、妄想よりもずっと幼く、予想よりもずっと勇敢なお姫様……気がつけば彼女の事ばかり考えてしまうのは自明の理というものかもしれない。