彼女が最も嫌う事を強要し、危険に晒したのはオレなのに。それなのにオレは……心の奥底でこんなにも喜んでいた。抱いてはいけないものを抱いていた。
 咲かせてはならない感情《つぼみ》に、馬鹿みたいに醜悪な喜び(みず)を与えていた。
 そんな自分が受け入れられず、体中の水が枯れて無くなろうがお構い無しに吐いて吐いて吐いた。目から溢れる涙も止めないし拭わない。
 寧ろ、体中から水が無くなってしまえば……この花とて咲かない筈。このまま枯れてしまえばいい。枯れなくてはならないんだ。
 こんなオレにアミレスの為に命を懸ける資格があるのか。でも、そうでもしなければオレは贖う事が出来ない。
 命も未来も何もかも要らない。いくらでも捨てられる。
 でも、これでもまだ足りない。彼女の恐怖や苦しみには、オレ一人の命など到底及ばない。オレが犯した罪は雪がれない。
 彼女への贖罪など叶わない。じゃあ、どうすればいいんだ? どうすればオレは罪を償う事が出来るんだ?

「やっほぅマクベスタ〜! お見舞いに来たゾっ☆」

 暗い部屋で四つん這いになり嘔吐を繰り返すオレの側に、突然シュヴァルツが現れた。しゃがみこんで頬杖をついていて、相変わらず掴み所の無い笑顔をしている。
 音も気配も無く突如現れたシュヴァルツに唖然となっていると、シュヴァルツが「派手にやってるねぇ〜」と吐瀉物塗れの袋の中を覗き込みながら呟いた。
 慌ててその袋の口を締め、オレ自身も口元を押さえる。そしてシュヴァルツに聞いた。

「…………何しに来たんだ」
「だからお見舞いだよぉ? おねぇちゃんがすっごく心配してたから、ぼくが代理で!」
「心配……オレに、あいつに心配して貰う資格なんて……」
「うっわ何この人今ちょーセンチメンタルじゃんメンドクセェー」

 笑顔のシュヴァルツから容赦なく放たれる言葉達。だが痛いぐらい刺さるそれに反論する気力も無い。
 力無く項垂れるオレの頭に手刀を落とし、シュヴァルツは呆れたようにこぼす。

「何でそんなに吐いてるのか知らないけどさぁ、心と頭が乖離し続けてると人間すーぐ壊れるモンだよ? だからさっさと受け入れるか捨てるかした方がいいよ、それ」
「……受け入れられる訳が、ないだろ」
「でも捨てられそうにもないんでしょ?」

 まるでオレの状況を全て見抜いた上での発言のようだった。
 捨てたいのに捨てられない。受け入れられないのに受け入れるしか道がない。確かにそうだった。
 分かってる。本当は分かってるんだ。吐く程受け入れられないこの感情も、咲かせまいとしているこの花も、もう受け入れるしかないって事は。