「うぇっ、ぁ……ッ」

 要らない袋に向けて何度も嘔吐を繰り返す。
 何だこれ。気持ち悪い、きもちわるい、キモチワルイ。
 自分が気持ち悪くて仕方ない。自分の醜悪な心が嫌で嫌で、胃が痛いくらいにすべてを吐き出していた。
 暗い暗い自室の中で、口元を汚し床に座り込む。もう吐き出すものは無いのに、それでもこの体は何かを吐き出そうと何度もえずく。

 …………この醜く最悪な心を、この最低な感情を吐き出そうとしているのだろう。

 そんな事が出来る訳も無いのに。それでもオレの体は、頭は……この心を受け入れられず拒否反応を起こす。
 受け入れられる筈もなかった。こんな心、どう受け入れろと言うのだ。

「──オレの、せいなのに……どうしてオレは……」

 散々吐くよりも前からずっと、激しく鼓動している心臓を服越しに強く握る。
 ドクン、ドクン、と高鳴る心臓。この脳裏には絶える事無く一人の顔が映り続けていた。
 その事があまりにも嫌で、辛くて、受け入れられなくて、こうして何度も吐いている。
 この感情を受け入れてしまえば、オレはもう後戻りが出来なくなる。オレはどうしようもない所まで堕ちてしまう。オレは、オレが赦せなくなる。

『──任せて。貴方の帰る家は、私が絶対に守ってみせるから』

 彼女は堂々とした態度でそう言っていた。

『──約束したでしょ。貴方の帰る家は守ってみせるって』

 彼女は眩しい笑顔でそう言っていた。
 オレの所為だった。オレがアミレスに協力を求めたから、オレがアミレスに頼んでしまったから、オレがアミレスにそんな言葉を言わせてしまったから。
 だからアミレスは無茶をした。死ぬ事を何よりも恐れる筈の彼女は、死の危険が隣にあるような場所に一人で行った。
 死ぬかもしれないのに、彼女はオレとの約束を守る為に無茶をした。危険な真似をした。
 オレの所為だ。オレの所為でアミレスは命を懸けるような事をした。
 死ぬ事が怖いと泣くアミレスに命を懸けるような真似をさせたのは、他でもないオレだったんだ。全部、全部オレの所為なんだ。
 オレは許されざる事をした。友人に……何よりも大事な彼女に、彼女が最も恐れる事を強要した。これは何事にも代えられない大罪だ。
 ……それ、なのに。

「……っどうして、オレは…………っ! こんなにも、嬉しいだなんて……!!」

 ──嬉しい。彼女がオレとのただの口約束を守った事が。
 ──嬉しい。彼女がそこまでする程、オレが彼女にとって特別な存在になれていた事が。
 ──嬉しい。彼女に名前を呼んで貰える事が。
 ──嬉しい。彼女の笑顔がオレに向けられる事が。
 ──嬉しい。彼女と日々を共有出来る事が。
 ──嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 …………あぁ、なんて、最低な人間なんだ。