「だってオレはフォーロイト帝国へのご機嫌取りで来た身ですから。この国の人間に逆らうなんて事、あってはならないんだ」
「…………あっそ。つまんねーな、お前」

 師匠は興味を失ったかのように踵を返した。あぁ、師匠を失望させてしまったかもしれない。でもこれは仕方のない事なんだ。
 苛立ちや悔しさが無いかと言われれば、勿論あるが……でもこれは表に出してはならないもの。
 大丈夫、感情の抑制なら慣れている。だからきっと平気だ。
 あの日独りだったオレに手を差し伸べてくれた、心優しき彼女に迷惑をかけないで済むのなら。これぐらいいくらでも耐えられるとも。
 色々な道具を持ったハイラさんをアミレスが連れて来て、オレはハイラさんの治療を受けた。
 アミレス以外にはあの下手な嘘は通じなかったようで、治療中のハイラさんにも「……馬との衝突は避ける事を推奨します」と暗に騎士達と関わるなと言われてしまった。
 そして怪我が悪化しない程度にその日も特訓し、帰る頃にはいつもの道も空いていて、誰かに絡まれる事もなく帝国滞在中のオレに用意された部屋に戻る事が出来た。
 そして翌日、よく晴れた日だった。用意された食事を終え、暗澹と曇る心で特訓に向かう。
 今日はいつもの道を通れるといいな、なんてささやかな希望すらも、この氷の国では通用しない。
 城を出てすぐの場所にあの騎士達が待ち伏せしていたのだ。彼等はオレの姿を見つけるなり魔物のように口の端を吊り上げて近寄ってくる。

「昨日振りですねぇ王子サマ〜」

 そして馴れ馴れしく肩を組んで来たかと思えば、訓練場まで連行される。──勿論、周りにはオレが同意して着いて行っているように見せかけて。
 ああ、またか。オレはまたアミレスに要らぬ心配をかけてしまうのか。
 袋叩きに遭う事よりもそれが嫌だった。怪我も痛みも放っておけば消えるし忘れるものだ。
 でも……彼女の不安そうな顔や、怯える顔は、いつまでもこの目に焼き付いていて消えやしない。