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「俺と取引しようぜ、お嬢さん」

 エンヴィー様がニヤリと口角を釣り上げて言った。
 お城案内の途中で、大書庫に行く事になったのだが……火の精霊様だからと大書庫に入る事を断ったエンヴィー様は、わたしにも外に残るようこっそりと伝えて来た。
 精霊様がわたしに何の用なのかと思いつつも言う通りにし、そして現在に至る。

「取引とは?」

 わたしも商人の端くれだ。取引なんて言葉を聞けばそれなりに身構えてしまう。
 少し警戒しながら聞き返すと、

「お嬢さんに新しい魔眼をあげるから、その代わりに姫さんの事を守って欲しいって取引。ほら、昨日聞いたろ? 俺達はどれだけ守りたくても姫さんを守れねぇからな。人間に希望を託すしかねーの」

 エンヴィー様は手元に二つの眼球を出現させた。片方が爆裂の魔眼、もう片方が太陽の魔眼…………この前初めて見た、延焼の魔眼以外の火系統の魔眼たち。
 彼はなんと、延焼の魔眼を持つわたしに更なる魔眼を与えようとしているらしい。
 しかし分からない。何故アミレス様ご自身に何かを与えるのではなく、わたしに与えるのかが。

「……何故、わたしなのですか」
「そりゃあお嬢さんならやれると思ったからだよ。膨大な魔力と生まれつき魔眼を持つ希少な人間。そして──姫さんの為に命を懸けられる。どうせ誰かに力をやるなら、ちゃんと使いこなしてくれそうな奴がいいだろ?」

 ──ああ、なるほど。わたしがアミレス様の為なら世界をも敵に回せると言ったから。
 だからエンヴィー様はわたしを選んだんだ。アミレス様の為なら命を捨てられるわたしを……。

「……そう、ですね。エンヴィー様の言う通り、わたしはアミレス様にこの身この命この人生全てを捧げる覚悟です。もし本当に新たな魔眼を与えられたのならば──わたしは必ずや使いこなし、アミレス様をお守りする為に生きると約束しましょう」

 義手をトンっと胸に当て、エンヴィー様を見上げて宣言する。
 あの人の為ならばわたしは何にでもなれる。化け物でも、怪物でも、魔女でも、何にでも。
 あの日わたしの為に泣いてくれた優しい彼女の為ならば、わたしはこの身が地獄の業火に焼き尽くされようと構わない。
 何だってする。もう何も怖くない……彼女と家族を失う事以外は何も怖くない。
 だから必要とあれば世界も敵に回す。アミレス様の幸せの為なら──

「ですからどうか、わたしに力をください。いざと言う時、氷の皇帝陛下でさえも灰に変えられる力を!」

 ──この世界全てを燃やし尽くしても構わない。アミレス様さえ幸せに生きてくださるのなら、わたしは、最悪の魔女にだってなってみせよう。
 アミレス様の望みはわたしの望み。アミレス様の願いはわたしの願い。アミレス様の幸せがわたしの幸せだ。