「マクベスタ、姫さんに下された天啓って何だ?」
「……っ、草死病《そうしびょう》が竜の呪いである事と緑の竜の居場所……は天啓で知ったと、アミレスが話していた」

 天啓についてマクベスタに何か知らないかと尋ねるエンヴィー。慌てて顔を上げ、何とかマクベスタは答えた。しかしそのマクベスタもまた、アミレスがそう話していたという事象しか知らないのである。

「シルフさんの仕業じゃあ……」

 チラリ、と恐る恐るエンヴィーがシルフに視線を向ける。

「ボクは何も知らないよ。というか天啓って何、神々がボクの愛し子にちょっかいかけたって事?」
「……ないっすよねぇ」

 舌打ちをしながら、どこの神だ半殺しにしてやる……と怒りを隠そうともしないシルフに及び腰のエンヴィー。
 独占欲がかなり強いシルフは例え相手が神であろうと──いや、寧ろ神だからこそ本気で憤りを感じている。精霊界にて足と腕を組む彼の本体、その美しい顔にはいくつもの血管擬きが浮かび上がっている。
 目の前の存在は精霊と聞いたものの、その様子は人間味に溢れていてとても人ならざるものとも思えないディオリストラス達。彼等は、精霊ってこんな感じなのか。と初めて見る存在に認識を改めていた。
 そんな中ミカリアは静かに、ラフィリアへと指示を飛ばす。

(天啓と神託は少し違うけど…………ラフィリア、念の為にここ数ヶ月の神託を調べて。それと神がこちらに降りて来た可能性もあるから、神気の観測も)
(了解。是、至急?)
(あぁ、今すぐ頼む。本当に神からの言葉なのだとしたら──それを聞いた姫君には、国教会に来て貰わないといけなくなるからね)
(主側、離脱許可)
(あぁごめん、いいよ。行ってきて)

 独自の魔法にて脳内での会話を可能としたミカリアとラフィリアは、天啓に関する調査を始める事にした。何せ神が関わる可能性のある事柄なのだ、その神々を崇める国教会としては動かざるを得ない。
 突如として姿を消したラフィリアに一同は戸惑う。それにはミカリアが「少しお使いを頼んだんです」と言って誤魔化した。

(──寧ろそうであればいいのに。そしたら姫君を、僕が……国教会が守る事が出来るのに……なんて)

 アミレスの悲運を知ったミカリアは物憂げな顔でそんな事を考えていた。そしてそれはもう一人の聖職者とて同じであった。

(彼女を帝国の王女ではなくす事…………は諸刃の剣だな。それは確かに彼女が逃げ出す道にもなるが、同時に彼女の首に刃を突きつけるようなものだ。仮に……無情の皇帝がこれまで彼女を殺さなかった理由が血統ないし数少ない皇族という点ならば、彼女を殺してくれと言っているようなものになる)

 ミカリア同様大きな宗教でアミレスを囲えば……と考えたリードであったが、これが危険な賭けとなる事を理解し、これはナシだな…………とため息混じりに項垂れた。
 こうしてこの話し合いは幕を閉じた。それぞれが与えられた部屋に戻り──はしなかったものの、各々の過ごし方でその夜は過ぎ行く。
 トラウマにでもなっているのか部屋の前から離れようとしない男達が一晩中その場で駄弁り、当たり前のようにアミレスの部屋に精霊達は足を踏み入れ、アミレスより送られた手紙を聖人は読み返し、アミレスを守る為に更なる努力を積む決意をしたメイシアは早速徹夜で勉強に励み、この先どうしたものかと思い悩むマクベスタとリードはそれぞれの部屋で考えに耽る。
 そしてずっと姿を見せていなかったある少年は、全てを欺き少女を愛おしむ。

 美しい下弦の月のもとで、少女は知らぬ間にあまりにも重く強力な忠誠を手に入れたのであった──。