「どれだけあの子を守り救いたいと思っていても今のボク達には何も許されないんだよ…………人類の歴史に干渉する事は特に……だから皇帝だって殺せない。その後継ぎの皇太子だって殺せない。あの子にとっての害を排除する事すら、ボク達には許されないんだ…………っ」

 猫の口から聞こえて来る感情の籠ったそれは、人間達の心にまで深く届いた。精霊達が今まで感じてきた苦痛を、悔恨を、人間達までもが感じる事となったのだ。

「……加えて、皇帝やら皇太子が死んだとして困るのは帝国の人間達だ。統治者がいなくなれば良くて内紛悪くて侵略……どちらにせよ地獄を見る事になる。そんなの姫さんは望まねぇだろ? だから俺達には本当にやれる事が何も無いんだ……クソうざったい事にな」

 どこか自嘲的なエンヴィーの独白。精霊とはとても強く恐ろしい存在ではあるものの、この通り制約によってかなりの行動が制限される為、実のところ人間界では人間以上に不便なのであった。

「──ならば教えよ、我には何が出来る。我はアミレスに命を救われた…………この恩はどんな手段を用いても返さねばならぬ。我はどうすればアミレスの平凡な望みを叶えられるのじゃ」

 誰もが言葉を飲み込み、黙り込んだ空間で。人ならざる少女は鋭い瞳で精霊を見上げた。
 別にアミレスに救われずともナトラは死ななかった。それが本来の歴史、オセロマイト王国が辿る筈だった正史。
 緑の竜はオセロマイト王国中に呪いの種を撒き、その種は花を咲かせ人々から悉くを吸い尽くした。それは人間だけに留まらず、人間の次に家畜等の動物を……その次に植物を……。
 オセロマイト王国全域の生命を枯らしてようやく緑の竜の生命活動は安定し、その時点で呪いの種は撒かれなくなった。
 それにより竜の呪い──草死病《そうしびょう》がオセロマイト王国外に広まる事は無かったのだ。

 しかしその悲劇が起きたのならば、目を覚ましたナトラは慚愧に堪えなかった事だろう。その奈落のごとき後悔に落ち行き、やがてその身を闇に……魔に堕とす事になる。
 それは大いなる厄災として大陸中に猛威を振るい、これより数年後に神々の愛し子を初めとした勇士達によって消滅させられるのだ。

 ──それが本来辿る筈だった結末。『UnbalanceDesire』二作目メインストーリーの一大イベント。
 緑の竜は姉に眠らされた理由も分からず、己の過ちを償う事も出来ず、深い慚愧の中死にゆく。
 しかしこの世界においてその未来は破却された。
 緑の竜は姉に眠らされた理由と思しき事を知り、己の過ちを償う機会も与えられた。そしてオセロマイト王国もまた、滅ぶ事無く存続した。
 これは緑の竜──ナトラにとって非常に大きな借りと、恩となったのだ。
 それ故ナトラは恩返しの方法を模索する。