(お前の物忘れが激しいだけでは)
(ももかして……??)

 イリオーデが心の内でそれに冷静にツッコミを入れ、マクベスタがそれに疑問を抱く。
 重苦しい雰囲気であった空間は一気に和やかになり、「もう真面目な話する気分にならねぇ…………」とディオリストラスがボソリと零した事により、この会議はロクに話し合う事もなく飲み会へと転身した。
 勿論、何一つ話し合えてなどない。議論時間一分にも満たない会議であった。
 まだ子供のマクベスタとシュヴァルツは、酒ではなくあっさりとした果実水でその飲み会に参加していた。

「だからさぁ……なんで殿下はこう、全部一人で抱え込もうとするのかねぇ……」
「王女様はどうして大人に頼ろうとしないんだ」
「ただ私達は……王女殿下の命に、大人しく従っていれば良いんだ……それが、何よりなんだ……」

 酒が入り少々口が軽くなった男達は愚痴を漏らす。意外な事に、この中で最も酔いが回るのが早かったのはディオリストラスだった。
 赤くなった顔で彼は背もたれに全身を預けて天井を見上げる。そして、奥歯を噛み締めたような声でディオリストラスは独白する。

「──強くなりてぇよ。殿下を心配出来るぐらい、殿下がちゃんと頼ってくれるぐらい、強い大人になりてぇ……!!」

 その思いに男達は静かに同意した。ただ一人、シュヴァルツを除いて。

「じゃあ強くなってよ。お前達がおねぇちゃんを悲しい運命から守るんだ。今のぼく達には傍にいる事しか出来ない……だからお前達が強くなって、おねぇちゃんを守って」

 今まで一度も見た事のないようなとても柔らかな優しい笑みで、シュヴァルツは切望した。
 それにふと違和感を抱いたリードが口を開く。

「……ねぇシュヴァルツ君。君はどうして、全てを僕達に託そうとするんだい? 様々な事を把握した上で、どうして?」

 リードの疑念はシュヴァルツに困惑という二文字を与えた。これにどう答えたものか──。そんな風に悩む酷く歪なシュヴァルツの姿が、彼等の瞳には映し出されている事だろう。
 少し悩んだ後に、シュヴァルツはニヒルな笑みを浮かべて答えた。

「──ぼくにも色々と事情があるんだ。ああでも、おねぇちゃんに死んで欲しくないっていうのは紛れもないぼくの本心だよ。彼女にはこれから先もずっとずっと生きて、面白おかしい人生を送って欲しいからね」

 そこに嘘偽りは無かった。確かにこれは、何にも歪められなかったシュヴァルツ自身の言葉。それは彼等とて聞いててぼんやりと理解した事だろう。

「…………そうか。事情があるなら仕方ないか」
(彼の言う事情が、恐らく彼の正体と繋がってるんだろうな)

 リードはそれ以上は追及せず、あっさりと引き下がった。しかしその脳内ではシュヴァルツの正体について考えを巡らせていた。
 だが答えには至らない。判断材料も無く、情報と言う情報も無い。現時点のリードがシュヴァルツの"正体"に行き着くのは至難の業なのだ。

(──いずれ、正体を明かすつもりなんだろうけど……その時に僕はそこにいないだろうからな。この先も答えを知らないままか)

 残念だ、と肩を竦めてリードは酒を喉に流し込む。
 その後暫くして大人達が酔い潰れ眠った為、マクベスタとシュヴァルツがその介抱をする羽目になった。
 その際シュヴァルツが「子供はもう寝る時間だとか言っときながら自分達のが先に寝てるじゃん」と文句を口にしていた事を、マクベスタは気まずそうに知らんぷりしていたのだった……。