(遅い。今までの数日間を鑑みれば、この時間には王女殿下はお目覚めになられてもおかしくはないんだが……)

 オセロマイト王国の誇る花の都ラ・フレーシャが王城には、現在とある賓客達が滞在している。
 その賓客達の中心に立つはフォーロイト帝国が王女アミレス・ヘル・フォーロイト。彼女はその身分に釣り合わない護衛の少なさで危機に瀕する他国に訪れた。
 その為、数少ない彼女の護衛──中でも初めから忠誠心が桁違いであったイリオーデは、一睡もせず彼女の部屋の前(正確には向かいの壁際)に立ち警護に尽くしていた。
 勿論これはラ・フレーシャに到着するまでも毎日行っていた。それ故にイリオーデはアミレスのルーティーンを把握しつつあった。
 基本的に、毎日明朝に軽く素振りと運動をするアミレスではあったが、この日に限ってはそれが無い。規則正しい生活を送るアミレスは、素振りをするしないに関わらず朝早くに起きる。
 しかし今日は一向に起きる気配が無いのだ。
 流石に仕える相手のプライベートを盗み聞く訳にもいかない為、イリオーデはギリギリ有事の際に反応出来る場所まで離れて待機していた。

(…………私は部屋に入る訳にはいかない。王女殿下がお目覚めにになるのを待つか、侍女の者が来るのを待つか。とにかく待つしかないな)

 そう決めたものの……イリオーデはいつになく不安に背を撫でられ、踵を上げては下げてを繰り返し心を落ち着かせようとする。
 どこか険しい面持ちで腕を組み忙しなく足を動かしつつ壁にもたれ掛かる美青年。そんな彼に二つの影が近づく。

「よぅ、イリオーデ。殿下はまだ寝てるのか?」
「おはようイリオーデ」

 眼帯をつけた精悍な顔つきの男と、眉間に皺を蓄えた怜悧そうに見える美男子。イリオーデの幼馴染みたるディオリストラスとシャルルギルである。

「あぁ珍しくな。あれだけの強行軍だったんだ、疲れが溜まっていたのかもしれない」

 ディオリストラスとシャルルギルに一瞥を送り、イリオーデは所感を口にした。
 それを聞いたディオリストラスはアミレスに与えられた部屋の扉へ視線を向けた。

「ようやくまともに寝られるからな……野宿は論外、宿屋のベッドだって殿下にとっちゃ寝辛いモンだったのかもしれねぇな」
「この城のベッド、信じられないぐらいふかふかだったな。寝ている間は雲に包まれてるような気分だったぞ」

 話を聞いていなかったのか、はたまた空気が読めないのか……シャルルギルは突然自分の感想を述べた。そんなシャルルギルを生暖かい目で見守り、その頭を乱雑に撫でるディオリストラス。
 傍から見ればつい二度見してしまうような異様な光景にも関わらず、イリオーデは全く気にする事なく一点──アミレスの泊まる部屋の扉を見つめ続けていた。
 そんな場に更なる人影が現れる。わたあめのように白くふわふわな頭と触角のごとき髪を揺らして歩く、絶世の美少年だった。