そして私達は貴賓室に案内された。道中での私へ向けられた畏怖の視線にはもう慣れた。
 貴賓室で上手側の長椅子《ソファ》に座るよう言われ、私はマクベスタとシュヴァルツと共にそこに腰を下ろした。ディオ達は長椅子《ソファ》の後ろに立っている。
 真剣な面持ちでオセロマイト王が口を切った。

「改めて、よくぞ我が国まで来て下さった。その事にまず、心より感謝申し上げる」
「そんな。感謝は全て終わってからにして下さい、王よ」

 小さく頭を下げたオセロマイト王に向け、私は早く顔を上げてくれと暗に促した。
 顔は上げてくれたものの、オセロマイト王は俯いたまま口惜しげに眉間に皺を作った。

「だが……これまで何にも助けを求められなかった。求めても応えて貰えるとは思わなかったのだ……そのような中死の危険すらある現地にまで果敢に駆けつけて貰えた事が、既に我々の心に深く響いておる。だからこそ、まずその事に謝辞を述べさせて貰いたいのだ」

 その言葉に私は少し考えさせられた。そりゃあ誰だって自分が可愛い。命の危険があると分かっていて、自らその渦中に飛び込もうとは考えない。
 だがそれでも私達は来た。もし私がオセロマイト側の立場であれば、確かにその行動だけでもありがたく感じるかもしれない。
 そう考えるとオセロマイト王の感謝の姿勢を無下にしてもいいものなのかと……そう思い始めたのだ。

「……分かりました、今一度貴方様の言葉を聞き入れます」

 悩んだ末に出した答えは、オセロマイト王の謝辞の言葉を聞くというものだった。
 こういった場合、ありがとうと言わせて貰えるのと貰えないのとでは肩の荷の重さが断然変わるものだと考えたからである。

「……本当に、有難う……フォーロイト帝国の姫君よ!」

 オセロマイト王は膝に手を付き深く頭を下げた。
 すると突然、隣に座っていたマクベスタまでもが頭を下げだしたのだ。

「オレからも言わせて欲しい。オセロマイトに来てくれて……行くと言ってくれてありがとう、アミレス」
「えっ、あ、その…………はぃ……」

 それに戸惑った私はコミュ障みたいな反応をしてしまった。その時、貴賓室の扉がバンッと開け放たれた。
 そこには青年が立っており、彼は大きく肩を上下させながら慌ただしく入室したのだ。

「マクベスタ! どうして帰って来た……っ、待て、銀髪に青系統の瞳……?!」

 しかしその青年は私の姿を見て足を止め、パクパクと魚のように口を動かしながら体を震えさせていた。
 マクベスタよりも少し薄い黄土色の髪に、黄緑の瞳。少し平凡さは感じるもののマクベスタと似た整った顔立ちとくれば、彼が誰だか予想がつく。

「……マクベスタのお兄ちゃん」

 私がボソリと呟くとマクベスタが残念そうな顔つきで、

「……うちの兄がすまん、普段はここまで失礼では無いのだが……」

 と小さな声で反応した。どうやら普段はちゃんとした人らしい。
 そして未だ銅像のように固まり続けるマクベスタ兄を見て、オセロマイト王が「ンンっ」と咳払いをすると、マクベスタ兄はハッとしたように腰を折り曲げた。

「これは失礼を。私はカリストロ・オセロマイト、オセロマイト王国の王太子です。この度は遠路遥々よくぞお越し下さいました、アミレス・ヘル・フォーロイト殿下」

 額に冷や汗を浮かべつつ、マクベスタ兄ことカリストロ・オセロマイトはそう名乗った。
 カリストロ王子はその後おずおずとオセロマイト王の隣に座り、戸惑いを浮かべつつ「それで、どうして帰って来たんだ」とマクベスタに話を振る。

 マクベスタが送られた手紙を見て帰って来た事を話すと、カリストロ王子ははぁぁぁ……と大きくため息を吐いて項垂れた。
 やはりあれは皇帝に宛てて出した手紙であり、マクベスタの元に届いた事がイレギュラーだったようだ。しかしそのお陰で私はオセロマイトの破滅に間に合ったので、個人的には嬉しいイレギュラーだ。
 ありがとう門番の衛兵、あの手紙をマクベスタに渡してくれて。と名も知らぬ衛兵に感謝していた所、話題が一気に変わった。