「そうだとも。お陰様でオレサマはお前に唾つけられなくなっちまったんだがな。マジで余計な事しかしねぇな精霊の……独占欲の権化め……」

 ブツブツと悪魔が何かを呟く。
 私には呪いが効かない……だから私にだけ呪いの事を教えた。自覚しても何の影響の無い私だけに。

「そうさな。お前がアレを何とかしたがってるから、丁度いいし教えておいてやろうと思ったんだ、オレサマ超気が利くだろ?」

 えぇそうね、ありがとう教えてくれて。さっきはキツい言葉を言ってごめんなさい。
 そう口を動かしながら私は頭を下げた。過程や人格は何であれ、この悪魔が草死病《そうしびょう》の解決策と原因を教えてくれた事には変わりない。
 ならば私は感謝しなければ。切実に求めていたそれを提供してくれた悪魔に、心からの感謝を。

「…………何で急に普通にありがとうとか言うワケ? マジで意味わかんねぇ……本当になんなのコイツ……」

 なんだかモゴモゴとした声が聞こえて来る。チラッと悪魔の方を見たら、椅子の背もたれで頬杖をつきそれで口元を押さえているようで……何をやっているのかは分からなかった。
 私の視線に気づいた悪魔が「うぉっほん」とわざとらしい咳払いをし、こちらを指さして言う。

「この際だから言っておこう、これはサービスだからな。オセロマイトとやらの何処かに百年樹とか言うデケェ木がある。その根元から地下大洞窟に行ける筈だ。地下大洞窟の最奥に緑の竜が瀕死の状態で眠ってるだろうから、何とかしてやれ」

 何とこの悪魔、緑の竜の居場所まで知ってるらしい。それを親切にも教えてくれたのだ。
 あれ……もしかしなくてもこの悪魔、本当は良い奴なのでは?
 憎まれ口を叩いていたのが少しは申し訳なく感じてきた。

「さっきからオレサマへの評価が二転三転してるな」

 気の所為よ。ええと、とりあえず……私はその百年樹とやらを目指せばいいのね?

「その通り。もう一度言うが、絶対に一人でだ。地下大洞窟は恐らく地上より遥かに竜の呪いが蔓延してるからな、お前以外の人間は降りた瞬間に即死だ」

 分かったわ。何がなんでも一人で行くようにする。
 そう頷くと悪魔は満足そうに笑った。口元しか見えないものの、表情がとても分かりやすい。

「緑の竜の権能は緑──自然の権能だ、気をつけるよう人間共に忠告してやれ。さて、オレサマからやれる助言はこれだけだが…………ま、もう十分だろ」

 そう言いながら悪魔は立ち上がり、パチンっと指を弾いた。すると座っていた椅子が消え去り私の体はそのまま落ちる──かのように見せかけ、その寸前で悪魔に支えられた。
 悪魔の顔が目の前にある。だがそれは例の如くぐちゃぐちゃに塗り潰されていて見えない。
 しかし、彼の髪らしきものが私の顔にかかる。視界の端に映るは黒い長髪。
 私の体を支える悪魔の手が腰にある。師匠と同じかそれ以上の大きさだと思う。
 何だかクラっとしてしまう香りを舞わせ、悪魔は私の耳元で囁いた。

「……またな、アミレス・ヘル・フォーロイト。次会った時は感動の再会となる事を期待している」

 悪魔の声が脳内で反芻される。恐ろしい程蠱惑的な低い声に、私の思考は一時的に動く事を諦めていた。
 そして、気がついた時には……私の意識は覚醒していた──。