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 ……──誰かの声が聞こえる。会話してるのかな。
 包み込んでくれるような温もりを感じる。抱き締められてるみたい。
 体に響いていた衝撃や振動はもう無い。どこかに止まってるんだろうな。
 ゆっくりと瞼を開く。眩しさに目を細めながら世界を映す。すると……頭上から声が聞こえてきた。

「お目覚めになりましたか、王女殿下。お加減はいかがですか?」

 その声に引っ張られて少し首を捻り上を向くと、目と鼻の先にイリオーデの端正な顔があった。
 突然の事に思わずひゅっ……と喉笛を鳴らす。美形の顔面を至近距離で見ると心臓に悪いと言う学びを得た。
 ドッドッと強く鳴る心臓を落ち着かせながら、私はイリオーデの気遣いに返事をした。

「少し眠れたからすっかり元気よ、ありがとうイリオーデ」
「……王女殿下が元気になられたのであれば、支えとなっていた身としてはこれ以上無い幸福にございます」
「そんな大袈裟なぁ……」

 イリオーデとそんな会話をしつつ、私は彼のホールドより脱出し自由となった。どう言う理由で虎車が今こうして停止しているのか分からないが……荷台には私とイリオーデしかおらず、シャルとリードさんとシュヴァルツの姿は無い。
 しかし外から会話が聞こえてくるので、皆して外に出ているのだろう。そう予想を立てて幕の隙間から外を見ると、空には夕陽があった。
 ……私一体何時間寝てたの?? もう夕方じゃない。いくらこの季節は夜になるのが早いからって……もう夕方なの?
 っていうかちょっと待ってよ、つまり私、何時間もイリオーデにあの体勢を強いていたの!? 嘘でしょ……!
 衝動的にバッと勢いよくイリオーデの方を振り向いたが、イリオーデは何ともなさそうに首を傾げるだけだった。
 しかし途中で何かに納得したようにはっとして、彼は口を切った。

「気が至らず申し訳ございません。実は現在、近場に手頃な街や村が無い事から本日の宿をどうするかと言う話し合いが行われているのです。このまま進めば野宿になってしまうので」

 どうやらイリオーデは、先程私と目が合った事がこの状況の説明を求めるものだと勘違いしてしまったらしい。
 確かに説明が欲しいとは思ったけど、なんだかこれだと私がパワハラしたみたいなのよねぇ。
 ふむ、それにしても野宿かぁ……野宿……なんだか冒険してるみたいでいいわね。こんな時に何言ってんだって感じだけども。
 しかし皆は野宿にするのはどうなのかと言う話をしているらしい。多分、王女と王子がいるがちゃんとした警護がある訳では無いし、そんな状況で野宿は…………ってところだろう。

 私としては大丈夫なんだけどなぁ……無情の皇帝サマの統治のおかげで帝都の外も割と平和らしいし。
 そんな危惧するような事は起きないでしょう。うん、そうだよね。
 と言う訳で私は「よしっ」と意気込みながら立ち上がり、華麗に荷台から飛び出た。
 ふわりとドレスを膨らませながら、後ろでぎょっとしているイリオーデに見せつけるように鮮やかな三点着地を決め、ちょっとドヤ顔になる。
 見よ、これが師匠との特訓で身につけた体術よ……!! まぁ師匠から教わったのは五点着地だけどね。五点着地が出来るなら三点着地も出来るかなって。
 ちょっと足が痛かった気もするが、まぁ、かっこいい事には犠牲が必要なのだ。なのでこれは必要な犠牲なのです。

「おーい皆ぁー! 何話してるのー?」
「お待ち下さい王女殿下! お怪我などは……!?」

 着地した所から皆の姿が見えた為、私は大きく手を振りながら駆け寄った。
 するとイリオーデが後ろから心配する声をかけてきた。
 それには「平気よ、特訓したもの!※嘘」と胸を張って自信満々に話し、イリオーデの手を引いて、早く行きましょ! と進んだ。