『もし私に死刑が下された場合、私自らの手で自決出来るよう便宜を図ってください』

 あの人の忘れ形見。まさに生き写し。
 成長を重ねるごとにどんどんあの人に似てゆく少女が……あの人と同じような事を宣った。

『──私はね、どうせ死ぬなら自分で命を終わらせたいわ。だってこれは私だけの物語だもの……私の物語を終わらせる事が出来るのは、私だけだと思うの』

 柔らかな薄紅色の長髪を揺らし、宝石のような紫紺の瞳を細めてあの人は笑っていた。その笑顔はまるで太陽のように暖かく、花々のように美しくて、私はそれに目と心を奪われていた。
 髪の色も瞳の色もフォーロイトの血筋の影響を濃く受けたものの、彼女の容姿はその全てがあの人譲りのもの。
 そんな彼女の口から自決という単語が出て来た時は……あの時よりもずっと、酷い胸の痛みに襲われた。
 ……全く。無責任な言い方だな。彼女にあのような言葉を言わせたのは他ならぬ私達だ。それなのに何を被害者面をしているのか。

「……ならば、どうすれば良かったと言うのですか。やれる限りの事はやって来たにも関わらず、それでも足りなかったのに?」

 布越しに自身の額に手を当てて考え込む。私は少し、過去を思い出していた。
 まず初めに……産まれたばかりの幼い彼女が、あの人を失った悲しみで我を忘れた陛下によって衝動的に殺されぬよう必死に庇った。あの人の忘れ形見だからと、私自身悲しみと悔しさから奥歯を噛み締めながら。
 その次は……あの手この手で陛下へと彼女には使い道があるから殺さないでおきましょう、と進言した。何かしらの利用価値を示さねば、彼女を生かす事が出来ないと判断したからだ。

 彼女の存在そのものを疎ましく思う陛下の目に彼女が留まらぬよう、あまり彼女の存在が世間に知られぬよう、彼女の行動をかなり制限した。
 それでも彼女が陛下との邂逅を避けられない六歳時の建国祭。その際に彼女が熱に魘され休んだ事は、正直に言って私としては都合のいい事だった。
 しかし問題が起きた……この日をきっかけに彼女は変わったのだ。
 今までとは違い、陛下とフリードル殿下に対して愛を求めなくなった。
 そして何よりの変化が──何も、視えなくなった。

 今までは当たり前に視えていた彼女の幼気な心が、何も視えなくなった。何を考えているのかも分からず、何を思っているのかも分からない。……そんな状況になってしまった。

 理由はさておき、私はこれを好機とした。
 幸いにも陛下より彼女に関する生殺以外の全権を預かっていたので、私は陛下の琴線に触れない程度に彼女の支援をしていた。
 剣が学びたいと言われた時も魔法を並びたいと言われた時も、彼女が己を守る手段を得られるのならと、私はその場で二つ返事したかった。しかしそれは出来なかった。

 立場上、陛下に掛け合ってみるとでも言わなければならなかった。そうでなければ私の正体を疑われる。私という存在を疑われる。
 なればこそ、私は彼女の前では常に『皇帝の側近のケイリオル』で在り続けていた……いや、今の私に、それ以外の生き方など出来やしない。

 時が許す限り彼女の味方でありたかった。陛下に逆らう事など出来ぬ私に可能なのは、来たる終わりの時まで彼女の敵にならないように振る舞う事。
 ただ、それだけだった。