──どうして、彼女はあのような顔をするのでしょうか。
 私が悪いのですか? 陛下の言う通りにしてきたからですか? フリードル殿下を諌めなかったからでしょうか?

 ──どうして、少女にあのような言葉を口にさせたのか。
 私が何もしてこなかったから? 私がほんの少しの力添えしかしてこなかったから? もっと、歩み寄っておかなかったから?

 ──どうして、私は…………こんなにも苦しんでいるんだ。
 分からない。解らない。わかりたくない……だってそれを理解してしまえば、きっと私はもう戻れなくなる。
 尊き陛下の忠実な駒として生きる事が、出来なくなる。
 私はただの人間に戻ってしまう。私は、私はまだ……ただの人間に戻る事は出来ないのです。
 それなのに。私の心は酷く、こんな最低な私を嘲笑うように痛む。
 まるでこれまでの人生の代償とばかりに……私の心は痛むのです。

「……あのような言葉、聞きたくなかった」

 柄にも無く執務室で机に突っ伏し、私は心臓の辺りを強く握り声を絞り出した。
 いつの間にここまで情が湧いたというのか。いや……あるいは、最初かそれ以前からあった情が今になって騙し切れなくなってきたのか。

 きっかけは単純だった。偶然、王女殿下が城に来ていると聞いて案内して差し上げようと彼女の元に向かった時。彼女の細腕を捻りあげるように掴む文官の姿が目に入った。
 更にはその男に謂れのない罪で糾弾されているようで……気がつけば、私はそこに首を突っ込んでおりました。

 彼女が糾弾されるような行いをしていないのは紛れもない事実。彼女の性格からして、侍女に手を上げるなど有り得ない。そんな事、彼女を知る者なら誰でもわかる事です。
 しかし誰も彼もが王女殿下の事を下らない噂と言う前提《フィルター》を通して判断している為か、些細な行動でさえも疑われる要素となってしまうらしい。

 なんとくだらない。なんと恥ずべき事か。
 何故私はこれまで彼女に関する噂について何も対処をして来なかったのでしょうか。その所為で彼女が苦労してしまっていると言うのに。
 何もするなと言う陛下からのご命令だったからと言えど、どうして……いや、どうすれば良かったんだ。
 陛下を変える事など私には出来ない。それはもう、十二年前には分かっていた事だ。
 陛下を変える事が出来るのは……良くも悪くもたった一人──あの人だけなのだから。