そのような男がたった一人いるだけで、国教会の戦力としてはフォーロイト帝国やハミルディーヒ王国に匹敵する程。
 だからこそエリドル達は危惧しているのだ。ただでさえ目を逸らしたくなるような化け物がいる国教会に、更に常識の域外の力、加護属性《ギフト》を持つ人間が属する事となるのだから。

 ハミルディーヒに属されても困るが、国教会に属されるのも困る。かと言って他の国々に属されるのも……。
 と言った具合で、加護属性《ギフト》持ち──被護者の行方は難しい問題なのだ。叶うならば我が国に、とエリドルも考えなかった訳ではないが……国教会が動いた以上それは最早叶わぬ事。
 強硬手段に出る事も可能だが、リスクが多すぎる。今はまだその時では無いとエリドルは判断した。

「被護者を殺してしまえたのなら、こうして気を揉む必要も無いのだろうに」
「御命とあらば、神殿都市に潜入している者に被護者を処理させますが」
「……いや、不要だ。暫し神殿都市の動向調査と被護者の監視を続けさせよ」
「ハッ、御意のままに」

 胸元に手を当て、ヌルは深く頭を垂れた。そしてエリドルは今一度報告書に視線を落とした。そして思案する。

「天の加護属性《ギフト》、神々の加護(セフィロス)か……被護者は自身にかけられた加護の名称までも分かるものなのか」
「文献にはどうとも……ただ、この加護に関しては被護者本人が幼少期より周囲に吹聴していたとかで。加護属性《ギフト》の有無を確かめるには教会で大司教による儀式を受ける必要があり、例の少女はその儀式を受けた結果、加護属性《ギフト》が認められたとの事です」

 ヌルは己が調べ上げた全てをエリドルに報告した。
 そう。加護属性《ギフト》とは大陸共通で、教会での神聖な儀式を受けてようやくその有無を認められるもの。
 加護属性《ギフト》を持つとなればそれだけで国を作る事さえ出来る。それ程までに重要な価値を秘めた加護属性《ギフト》を我が子は持っていないのかと、貴族が意味もなく儀式を行わせ、その結果無駄に終わる。
 その儀式が意味を成した事など、もう百年近く無かったのだ。

 そもそも金も手間も時間もかかるこの儀式、そう易々と行う訳にはいかないものなのだ。各教会も大司教もそこまで暇では無い。
 しかしそれでも、ここ数十年は儀式を行う必要があった。それは何故か──それは二十年前に聖人へと下された神託が原因であった。
『近いうちに我々の愛する子供が現れるだろう。えーっと、人間風に言うならー、なんだっけ? あ、そうそう! 加護属性《ギフト》! あれ持つ子供が現れるだろうから、その時はヨロシクゥ〜!!』
 あまりにも威厳を感じられなかった、神からの言葉。それを聞いたミカリアは卒倒しかけたとか。

 そしてミカリアは細かい内容は秘匿したものの、周辺諸国の統治者にこの神託について話した。
 その事を把握していた各国の王はそれぞれの領地で行われる全ての儀式に目を光らせていた。しかしあまりこれと言った収穫は無かったのだ。
 だがしかし。ほんの数週間前……ついにその存在は現れた。

 件の天の加護属性《ギフト》──及び神々の加護(セフィロス)を持つ少女は実際に教会での儀式を受けその存在を認められた。
 それを聞いたハミルディーヒ王家が動くよりも早く国教会が動いた為、その少女は国教会に属する事になったのだ。まぁ、西側諸国の情勢を鑑みるとこれが最善策だと、表向きには誰もが納得出来る事だった。
 勿論……手に入れられたかもしれない加護属性《ギフト》をみすみす横取りされてしまったハミルディーヒ王国からすれば、あまり喜ばしい事では無いやもしれないが…………。