「さて、姫さんの所にでも行くか」

 そう言ってエンヴィーがおもむろに歩きだそうとしたその時。何者かの手がエンヴィーの肩に置かれた。

「──もう、驚いちゃったんだから。あのリバースからエンヴィーを連れ戻せ〜なんて言われると思わなかったもの!」
「……クッソ、何でわざわざお迎えが来んのかね」
「うふふ、強情なアナタがすぐに精霊界に帰って来なかったからよ?」

 亜麻色のふわふわとした肩上までの髪と桃色の瞳。その中心でハート型に輝く瞳孔。そして大きな胸元とそれを引き立てるかのごときふんわりとしたドレス。
 穏やかで麗しい微笑みも相まって桁違いの包容力を放つ女性……彼女の名前はラブラ。心の魔力を持つ精霊であり、エンヴィーとも親しい最上位精霊だ。
 ラブラが何も構わずエンヴィーの逞しい背中に抱き着き、身動きを取れなくした所でエンヴィーはとある事に気づく。

「あぁもう本当に最悪だ、よりによってお前か……ってちょっと待て、ラブラお前、どうやってこっちに来た? 越界権限なんてお前は与えられてないだろ」

 エンヴィーの問にラブラは首を傾げた。そんなの決まりきってるじゃないと言いたげな瞳で、ラブラは答えようとする。

「え? そりゃあ勿論……」
「──俺が連れて来た」

 しかし。それを途中で阻み代わりに話す者が現れた。
 紺色の左右非対称《アシンメトリー》の髪を揺らし、開いているのかも分からない糸目で男はエンヴィーに近づいた。
 その男に気づいたエンヴィーは納得したように大きなため息を一つ。

「あぁ……そりゃそうだわ、それしか考えられねぇ。俺を連れ戻す為にお前まで動いたのか、ルムマ」
「お前の事はどうでもいい。俺はラブラに人間界でデートしようと誘われたから来ただけだ。お前はついでだついで」
「ほんっとにラブラ以外に興味ねぇなお前」
「当たり前だ。俺にとって大事なのはラブラと我が王のみ。ぶっちゃけそれ以外の人間も精霊もその他諸々もどうでもいい!」
(うふっ、やっぱり男の子同士で話してる時のルムマも素敵だわぁ)

 ルムマは突然目を見開き、堂々と言い放った。ちなみに彼は空の魔力を持つ精霊であり、例に漏れず空の最上位精霊である。
 そして──ルムマはラブラに首ったけだ。二人は所謂恋人関係にあるのだ。
 本来最上位精霊とは精霊界より出る事は不可能であり、出る為には精霊王より越界権限を与えられる必要がある。しかしルムマは空の最上位精霊……その権能は空間操作。

 彼は数ある最上位精霊達の中でも唯一の例外として、越界権限を持たずとも世界を越える事が出来るのだ。
 なお、エンヴィーはその越界権限を与えられている為、精霊界と人間界を自由に行き来出来ているのである。
 そんなエンヴィーとルムマのやり取りを見て、ラブラが微笑ましそうに頬を綻ばせ、少し赤らむ頬に手を当てていた。まるで子の成長を見守る親である。