「──どうかそれには触れないで頂けますか、精霊様」
「……誰? お前」

 エンヴィーが振り返った先には一人の男が立っていた。
 肖像画や彫刻で見る天使のような美しい顔立ちに、その羽が如き腰まで伸びた白金の長髪。穏やかな印象を抱かせる檸檬色の瞳と、その下で自然に弧を描く淡い桃色の唇。
 最早不健康そうに見えてしまう雪のように白い肌に、純白と金の刺繍の祭服。
 頭の先からつま先まで真っ白なその男は、何と最上位精霊たるエンヴィーに気取られる事無く火柱を越え、この空間に侵入せしめた。……もっとも、この空間が異様に濃く禍々しいまでの魔力に満たされていなければその限りでは無かった事だろう。
 真っ白な男は、エンヴィーの問いに深く頭を垂れて答えた。

「我が名はミカリア・ディア・ラ・セイレーンと申します」

 そう。彼こそが二作目で追加された攻略対象にして……国教会が誇る不老不死の人類最強の聖人、ミカリアなのだ。
 ミカリアと言う名前を聞いて、エンヴィーは少し笑みを浮かべた。

「へぇ、お前が聖人とやらか。俺ァお前に用事があったんだよ」
「僕に……? 精霊様がですか?」

 ミカリアが驚いたように目をパチパチと瞬きさせる。

「おう。それで急いでたのによォ、ここの人間達がどいつもこいつもすぐ喧嘩売ってきやがるんだが」
「それは……不甲斐ないばかりでございます。まさか貴方様の正体が精霊様と気づけぬ者達ばかりとは思わず……これよりは更なる教育の方を徹底致します。このような不敬な振る舞いを二度としないように」

 今一度ミカリアは深く頭を下げ、謝罪した。
 聖人と呼ばれる程のミカリアは一目見て……いや、エンヴィーが放出したあまりにも神聖な魔力から、彼が大聖堂前で暴れ出した瞬間よりそれを感じ取りエンヴィーの正体を看破していた。
 しかし他の者達は違った。枢機卿と呼ばれる者や大司教程の地位にある実力者なら、まだ気づけたかもしれないが……そうでない一般的な司祭や教徒達が目の前の存在の正体を把握出来る筈もなかった。
 相手が精霊と分かっていたのなら……彼等彼女等とてあのような強行に及ぶ事は無かっただろう。
 人間が形ある精霊に挑むなど、ただの自殺行為に等しいのだから。

「そーしとけ。今回は俺だったからあの程度で済んだが、人間嫌いな奴等だったら確実にこの街滅んでたしな」
「御忠告痛み入ります」
「で、お前に話があるからどこかに案内しろ。そうだな……お前の部屋でいいか」
「……もしや、この霊廟には僕の私室を探しに?」
「そうだが?」

 ミカリアは一瞬エンヴィーを訝しげに見つめた。
 今、彼の頭は非常に混乱していた。何せ精霊召喚でもしない限り人間界に現れる事などない形ある精霊が、突然この神殿都市に侵入し大暴れした上に自分に用があるなどと宣ったのだから。

(……形ある精霊。それもこれ程の魔力と威圧感であれば恐らく上位精霊……何故そのような存在が、僕に?)

 ミカリアは必死に考えつつも、「こちらです」とエンヴィーを私室に案内した。
 隠し通路の答え合わせはエンヴィーの読み通り、棺の下。棺に仕掛けられた魔法陣を作動させる事で棺の手前に更なる地下へと続く階段が現れるのだ。
 その階段は人が降りてゆくと勝手に塞がるようになっており、階段内より入口を開く事は不可能のようで……所謂一方通行の道だった。
 等間隔に魔力灯《ランタン》が灯る暗い階段を、二人は足音と布擦れ音だけを響かせて降りて行った。