(だってあの姫さんだしなぁ……人殺したってバレたら絶対嫌われんじゃん。つぅかあのヒトにも怒られそう)

 殺人自体を悔いるのでは無く、その結果今後自身に訪れるやもしれぬ二つの事態を恐れていたのだ。
 人間では無い精霊に人間性を求めるのはお門違いなのだ。精霊には人間性などありはしないし、人間が精霊を理解出来る日など何万年経とうが来る訳がないのだ。
 そして、バレなきゃいいんだよバレなきゃ。と結論付けたエンヴィーは、気を取り直して大聖堂に足を向けた。

「おー、丁度いい感じに扉開いてんじゃん助かるー」

 自身が熱気で溶壊させた正面だった部分を見上げ、ラッキーとばかりに彼は大聖堂に侵入した。
 しかしこの騒ぎを聞き付けた司祭達が次々に現れる。堂々と大聖堂に侵入するタランテシア帝国の衣裳を身につけた男を目視すると、彼等は訓練された動きでそれを取り囲み、そして臨戦態勢に入る。

「この神聖なる地にて狼藉を働く者は貴様か!」
「タランテシア帝国の者はこれだから……ッ! 何故貴様のような咎人がこの都市に踏み入る事が出来たのだ!!」
「あの咎人に粛清を! 至急取り押さえるぞ!!」
「「「「はっ!」」」」

 それを疎ましそうにエンヴィーは聞いていた。どこまでも興味が無いのか、その視線は天井の色硝子(ステンドグラス)に向けられている。
 魔法を使う者、武器を携え飛びかかる者、司祭達を守るべく障壁を展開する者……打ち合わせ無しとは思えない連携が、エンヴィーを襲う。
 しかし……エンヴィーにそれが通じる筈も無く。

「なぁ、霊廟ってどこ?」

 人々の中心に立っていた筈の男は、いつの間にか指揮を取っていた大司教の男の背後に立っていた。司祭達が魔法を放ち武器を構え突撃した場所には誰もいなかった。
 気配も無く目が追いつかない速度で移動した侵入者に、司祭達は血眼になって更なる追撃を図る。

「あのさぁ、聞かれた事には答えろよ。霊廟ってやつはどこだって聞いてんのに……数人殺したぐらいじゃァ、人類の歴史への干渉にはならなさそうだな。なら面倒臭ぇしお前等も殺すわー、どの道姫さんにバレなきゃ俺の勝ちだし」

 このままこいつ等の相手してても時間の無駄だしなァー……と言いながら、エンヴィーは細くしなやかな指をパチンッと鳴らした。
 すると、十五名弱いた司祭のうち八名近くが火柱に貫かれる。あっという間に黒焦げの焼死体がいくつも出来上がり、生き残った者達はその光景に恐怖した。
 ある者は腰を抜かし、ある者は狂ったかのような叫び声を上げ、またある者は嘔吐した。
 先程霊廟はどこかと聞いた大司教に向け、エンヴィーはもう一度チャンスを与えた。

「で、もう一度聞くが。ここの霊廟ってやつは、どこにあるんだ?」

 大司教の男は恐怖のあまり腰を抜かして失禁し、全身を震わせていた。顎をガタガタと言わせ、震える手で二時の方向を指さした。
 それを見たエンヴィーは、「もっと早く言ってりゃあいつ等も焦げなかったかもしれねーのになー」と適当な言葉を残して、大司教の男が指し示した方へと進む。
 思いつきでふとこぼしたその言葉がどれだけ人間達の心に傷を残したか……非人間たるエンヴィーには知る由もない事だった。