「姫さんはホントに何者なんだか…………何も知らないのに何もかも知ってる感じで……矛盾だらけだ」

 エンヴィーは高くそびえ立つ外壁から身軽に飛び降り、地に降り立つまでの僅かな時間で瞼の裏に一人の少女の姿を思い浮かべた。
 彼をアミレスに引き合わせたヒトリの精霊は、自身を含め全ての精霊の正体と精霊にまつわる情報を隠そうとした。
 その理由はエンヴィーとて知らぬ事。ただなんとなしに、彼も一つの仮説を立てていた。
 ──少しでも精霊に良い印象を抱いて欲しいから。
 あのヒトは、あの御方は、初めて出来たお気に入りの人間相手にそう思っているのでは……と、エンヴィーは考えていた。
 だからこそエンヴィーはそのヒトの意向に従い、精霊に関わる事はあまり口にして来なかった。リバースを召喚した時だって、リバースが精霊界に戻った時だって多くは語らなかった。
 それなのにアミレスはまるで全ての事情を知っているかのように話す事がある。今回だってそうだ。
 ……そんなどこか矛盾している人間の少女の事を、エンヴィーもまた、大層気に入っているのかもしれない。

「はー……後で絶っっ対、あのヒトに怒られんだろうなァ」

 まるで何かを後悔するかのように零したエンヴィーではあったが、その言葉とは裏腹に、彼の口元は楽しげに弧を描いていた。
 退屈だった毎日を彩ったちぐはぐな少女からの珍しい頼み事。それは、楽しい事が大好きなエンヴィーにとってはまたとない最高の遊戯《ゲーム》だったのだ。
 およそ時間にして二分。真紅の長髪と唐衣裳を大きく膨らませて、彼は白亜の地に華麗に着地した。

「いよーぅしっ、いっちょやるかァ!」

 彼は一通の手紙を手に上機嫌に白亜の街を駆け抜ける。
 そのあまりの美しさにすれ違う人々は目を奪われ、彼の背が見えなくなるまでその背を目で追っていた。

「ふんふふふんふんふんふん〜」

 鼻歌を奏でながら大聖堂を目指すエンヴィー。しかしその道すがら、とある像を見つけて立ち止まる。

(げっ、これあの神の……)

 エンヴィーは上機嫌な笑顔を消して苦虫を噛み潰したような表情となった。その像は……筋骨隆々、身の丈以上もある槌を構える男神──火の神フレアズの像だったのだ。
 火の最上位精霊たるエンヴィーとしても中々に因縁深いその神の像を見上げ、エンヴィーは心底嫌悪するように舌打ちをした。
 フレアズ神を含め多くの神々を信奉するこの街でそのような行為をするとは、なんとも豪胆ではあるが……彼はフレアズ神の影のようなもの。
 まぁ、まだギリギリ許されるんじゃないかな? と言う判断の下行った事だろう。
 気を取り直して、エンヴィーはまた走り出す。彼はアミレスに頼まれたように、大聖堂の最奥にいる聖人に手紙を届けようと先を急いだ。
 そしてついに大聖堂に辿り着く。エンヴィーは正面から堂々と入ろうとするが、それは阻まれた。