この大陸にて東西に渡り広がる巨大な山脈──白の山脈。

 神々の住まう場所。魔界への入口。妖精界へと続く道。そんな風に人間に語られるこの山脈の周囲には、いくつもの国がある。
 その中で唯一の国ならざる土地……大陸西側諸国にて最も多くの信者を有する宗教、天空教を信奉する国教会。

 その国教会の聖地にして本拠地である場所、それが白亜の神殿都市だ。
 その中心には天空教にて崇める神々を奉る大聖堂があり、この都市は綺麗な円状の外壁に囲まれる。都市内部の街並みは計算され尽くしたかのごとき美しさであり、街の至る所には信仰の対象たる神々の像がある。
 沈みつつある夕日に照らされる街を見下ろして、ため息混じりの言葉を漏らす人ならざる男がヒトリ。

「姫さんの言ってた都市はここか」

 燃え盛る火のごとき紅《べに》の長髪を後ろで三つ編みにして纏めており、それが吹き荒れる風に捕まり空にて舞う。
 彼が身に纏う、タランテシア帝国にて主流な衣裳……赤き華やかな中華衣裳の裾や飾り釦、小さくも輝きを放つ宝石と繋がる結び房の耳飾り。それらもまた、風に捕まり空を舞う…………。

 この人並み外れた容姿の男の正体は精霊であった。その上、火の魔力を司り管理する火の精霊……その最上位に君臨する火の最上位精霊だった。
 そのような男の名は──エンヴィー。彼は今、精霊達の愛し子からの珍しい頼み事の為、このような場所まで足を運んだのである。
 白亜の外壁の上にて。眼前に広がる結界をコンコン、と叩きながらエンヴィーはぼやいた。

「確かにこの結界ならただの精霊だったら通れそうだなァ。でも今の俺なぁ、人間界用に色々変えてっし……ま、しゃーねぇかー姫さんの頼みだしな」

 エンヴィーが後頭部に指を突き立て髪を掻き乱す。
 最上位精霊ともなる者がなんの制限も無くこの世界に来てしまえば、人々に多かれ少なかれ影響を及ぼし続けてしまう。
 だからこそ制約があり、その為に、人間界に来るにあたってエンヴィーが自身の存在(スケール)を極限まで落とした結果……ほぼ人間と相違ない程にまで至っていたのだ。
 だが今、その存在(スケール)を元に戻した。人間界の規格に無理やり押し込められていた精霊はその殻を破り、再び孵化しようとする。

 彼の中華衣裳が炎に包まれ、高貴さや神聖さを感じさせる唐衣裳へと変化する。三つ編みだった長髪は真っ直ぐに下ろされ、真紅に染まり激しく風に舞う。
 それは、彼の本来の姿。四大属性と呼ばれし火、水、風、土が一つ火を司りし精霊位階第三位の存在──火の最上位精霊たる、エンヴィーの姿であった。
 まさに触れたもの全てを焼き尽くすかのような熱きそのオーラに、上空を飛び回る鳥達が恐れ慄き自ら地に堕ちてゆく。