「王女殿下の御体に傷を作るなど……到底許されない事です」
「ち、ちが……私はただ王女殿下の罪を……」
「王女殿下の仰る通り、それが間違いです。王女殿下は確かに手を上げるつもりなどなかったようです、ただ善意で行った事が、噂などという前提によって歪んだ見方をされてしまっただけで」
「そん、な…………」

 ケイリオルさんが一体何を根拠にそこまで私を信頼してくれているのか全く分からないが……彼の言葉によりボーナスは膝から崩れ落ちた。
 私が色々言っても平行線だったのに、皇帝の腹心たる唯一の側近のケイリオルさんが言うだけでここまでの違いが生まれるというのか。
 これが権力ってやつか……いいな……楽そう。
 っと、それはともかく。このままだとボーナスが処罰まっしぐらなので、優しい私は彼を庇って上げる事にした。
 ……とは言いつつも、夢見が悪いから私のせいで処罰されて欲しくないだけである。

「ケイリオル卿、彼ばかり責めないでやってください。紛らわしい行動を取った私が悪いのです」
「王女殿下は善意から行動されておりました……にも関わらず、その善意を悪意と履き違え暴走し王女殿下に手を上げた男を、何故責めるなと仰るのですか?」

 どんどんケイリオルさんの声の圧が強くなってゆく。しかし、それに怯む事無く私は答えた。

「彼を責め立て処罰する時間など、私には無いからですわ。私は今、とても急いでおりますの。ですので、早急にこの下らない茶番劇の幕を下ろしたいのです」

 そう。ボーナスが何かと騒いでいたから忘れられたかもしれないが、私の目的はケイリオルさんへの報告のみ。
 それが済み次第リードさんとシャルに同行を願い、オセロマイト王国へと向かうつもりでいる。
 一刻を争う状況で私は何を呑気にしていたんだ。

「成程……畏まりました。本日のこの件に関しては王女殿下のご意思を尊重致します」
(──まぁ、私が見逃した所で、王女殿下に害を成したこの男は彼女によって処理されるでしょうが)

 ケイリオルさんの物言いに妙に含みがあって……何やら宜しくない副音声がついているような気がしてならない。
 いやいかんいかん、ケイリオルさんは皇帝側の人間なのに何故か私にも親切ないい人なんだ。疑うなんて失礼じゃないか。

「感謝しますわ、ケイリオル卿。あぁ、卿に二三頼み事をしてもよろしいかしら?」
「勿論でございます」

 雑念を振り払ってまた笑顔を作り、ケイリオルさんを見上げる。
 すると彼が人払いをするかのようにひらひらと手を振った。それを経て、観衆となっていた者達は逃げ出すように散り散りとなった。
 この場にはケイリオルさんとマクベスタと私だけが取り残される。下手に誰かに聞かれる恐れもなく、安心して頼み事を伝えた。