「……そういう訳だから、私はこれから長期外出の許可を取ってその足でオセロマイト王国へと向かう。貴方はどうするの、マクベスタ?」

 私の肩を鷲掴みにしていた彼の手からは力が完全に抜け、重力に従うかのようにぶらりと垂れ下がっていた。
 しかし程なくしてその手に力が入る。震える程に強く握られたその拳は、まるでマクベスタの決意の程を物語っているかのようだった。

「……オレも一緒に行かせてくれ。お前の言う通り、この状況でオレに出来る事なんて何も無い。だけどそれでも、祖国を放ってはおけないんだ」

 俯くマクベスタからそんな思いが聞こえてくる。

「他国の……それも王女たるお前にこんな事を頼むのはどうかと思うが、だが頼む……っ! オセロマイトを、オレの国を救ってくれ!!」

 目の前でマクベスタは深く頭を下げた。彼の切実な願いに、私はある台詞を思い出した──『オレには、帰る家が……もう無いんだ』……今から数年後の彼が言う事になる筈だった、悲しい言葉。
 だが私はそれを許さない。絶対に、マクベスタにこんな事を言わせない。

「──任せて。貴方の帰る家は、私が絶対に守ってみせるから」

 まだ何とかなると決まりきった訳では無いが、私が何とかするのは確定している事だ。
 だからこそ私は宣言しよう。もう後戻りなんて出来ない……まぁ、するつもりもないけどね。
 絶対に後には引けなくなってしまったんだ、これはもう、私の命を賭けてでもやり遂げてみせる。

「……おねぇちゃんおねぇちゃん、それぼくも行っていい?」

 その時、突然シュヴァルツが私のドレスをくいっと引っ張り、上目遣いで見上げてくる。

「え? いや、でも危ないよ?」
「ぼくねぇ、すっごく健康なの。だから病気なんてへっちゃらなんだ!」
「そ、そうなんだ……危ないから絶対に私から離れないって約束出来る?」
「うん!」

 多分駄目って言ってもこの子は駄々をこねるだろうからなぁ……と私はシュヴァルツの要求を受け入れる事にした。その代わりにちょっとだけ約束して貰ったけども。
 兎のようにぴょんぴょん跳ね回りながら「わぁいお出かけだぁ〜!」と騒ぐ辺り、神経が図太いのか事態を理解していないのか……後者かな、シュヴァルツの場合。

「とにかく」

 パンっと手を鳴らすとシュヴァルツは騒ぎ回るのを止めて、その場で立ち止まってこちらを見た。
 マクベスタも顔を上げたのを確認し、私はこの後の動きについて話す。

「今からケイリオル卿に許可を取って、ある程度の荷物を纏めて……まずはリードさんの所に向かう。この件にはあの人の協力が必要不可欠だから」

 状態異常を治す治癒魔法なんてもう上級も上級の部類らしいのだが……何せリードさんはポンポン治癒魔法を使い付与魔法(エンチャント)まであっさりと使う人だ。
 相当な実力者である事は間違いない。なので、多分、状態異常を治す治癒魔法だって使えるだろう……と言う希望的観測に過ぎないのだが。とにかく頼るだけ頼りたいのだ。
 しかしここでリードさんを知らないマクベスタが、リードとやらは一体誰なんだと零す。
 奴隷商の一件でお世話になったお兄さんだと簡単に説明するとマクベスタは、

(どうしてそうすぐに見知らぬ人と仲良くなるんだお前は)

 と言いたげな瞳でじっとこちらを見て、ため息をついた。
 リードさんがいい人なのが悪いのよーと心の中で文句を垂れる。
 するとシュヴァルツが「はぁい」と言って緩く挙手したので、私は何事かと尋ねた。