「おねぇちゃん? おーい、おねぇちゃーん?」
「っはぁ!? 突然の胸きゅんシチュに脳がキャパオーバーしてたわ……」
「きゃぱ……なんて?」
「いやなんでもない気にしないで」

 シュヴァルツの声でようやく現実に引き戻された私は、太鼓でも叩いてるのかってぐらいうるさい心臓を落ち着かせる為に何度か深呼吸する。
 現実逃避から戻った際に変な事を口走ったが、まぁ大丈夫でしょう。完璧に誤魔化せたし。
 手紙と食料の手配はもう済んだ体でいよう。次は現地で手洗いうがいを広める事と、治癒をする事……そして感染方法と草死病(そうしびょう)の発生源の究明。
 それを明らかにしない限り、例え今、首の皮一枚繋がろうとも後々第二波第三波でトドメを刺される事だろう。
 この三つの項目は実際にオセロマイト王国にまで行かないと不可能だ。

「……よし、今からケイリオル卿の所に行くわよ。長期間外出する事になるから、それについて伝えておかないと」

 流石に無断で暫く皇宮を空けては、大なり小なり問題になりかねない。だからこそケイリオルさんに一言残しておいた方がいいだろうと思ったのだ。
 私の発言を聞いて、頬に冷や汗を滲ませるマクベスタが恐る恐るとばかりに口を開いた。

「お前、まさか、オセロマイトまで行くつもりなのか……?」
「えぇそうよ」

 そう返すと、マクベスタはぎょっと目を見開いた。
 突き動かされたようにこちらまで駆け寄って来たかと思えば、私の両肩を鷲掴みにして必死の形相を作る。

「今のオセロマイトは危険なんだ、お前だって病に罹って死んでしまうかもしれないんだぞ!?」

 目と鼻の先にマクベスタの顔が見える。いつも眩しいと思っていた翡翠の瞳が、悲痛に歪んでいる。

「それは貴方だって同じよ。貴方、あの手紙を見た瞬間……絶対一人で帰ろうと思ったでしょう」
「っ!?」

 驚愕するマクベスタ。彼の性格からして、こんな報せが齎されてじっとしている筈が無い。

「お見通しよ、それぐらい。でも貴方一人が行った所で何も出来ないでしょう? 病にだって罹る可能性があるじゃない」
「……っだが! 今もなお祖国が危機に晒されていると言うのに何もしない訳には!!」

 マクベスタは今、冷静さを欠いている。そりゃああんな手紙が送られてきたら誰だって冷静じゃなくなる。
 冷静だろうが冷静じゃなかろうが、彼が一人で国に戻った所で出来る事なんてたかが知れてる。
 このままではマクベスタが無駄に犠牲になるだけだ。

「だから私が動くのよ! 私なら、まだ何とか出来る可能性がある!! 貴方一人じゃ無理でも、私の力があればまだ何とかなるかもしれない。例えマクベスタが私を拒否したとしても、私は自分の意思でオセロマイト王国へと向かう。誰かが不可能だと言っても、私は可能な限り足掻いてみせる!」

 こうなると知っていたにも関わらずここまで何も出来なかった事への贖罪。
 破滅を見過ごせないと言う私の残り数少ない人間らしい感情の衝動。
 いつかの未来でやるせない表情で哀しみを語るマクベスタを救いたい偽善。
 これは、そんな自分勝手なものでしかないのだ。