城へと戻ると門番の衛兵が私達──マクベスタを呼び止めた。
 暫く、何なんだろうねと話しながら待っていた所、衛兵が一通の手紙を差し出して来た。それはオセロマイト王室の紋章の封蝋が押されており、私はそれがマクベスタの家族からの手紙なのだとすぐに察した。

「少し前にオセロマイト王国の使者が来まして……凄い形相でそれを何とか渡してくれと頼み込んで来たもので。オセロマイト王国からの手紙ですし、マクベスタ王子にお渡ししようと思い預かっていたのです」

 衛兵が簡単な経緯を話す。マクベスタはそれに短く「ありがとう」とだけ返し、急ぎ足で皇宮へと向かった。
 私もその手紙の内容を知りたかったのでマクベスタの後ろを追う。何故だか……妙に胸騒ぎがしたのだ。
 マクベスタに用意されている客室より私の私室の方が近いと言う理由から、ひとまずそこで腰を落ち着ける事になった。
 マクベスタがペーパーナイフを用いて鮮やかに封を切る。中から出てきたのは二枚に及ぶ便箋。その文頭には、緊張に震えるインクと大陸西側諸国で使われる共通語でこう書かれていた。

『偉大なるフォーロイト帝国が皇帝陛下に何卒嘆願させて頂きたく申し上げます』

 マクベスタの後ろから覗き込むようにその手紙を見ていたのだが……これはどうやらマクベスタではなくうちの皇帝に宛てたものだったらしい。
 でもなんでオセロマイト王国が皇帝に手紙を──。

「…………どういう、事なんだ」

 ボソリとマクベスタが零す。その時、マクベスタと共に私も言葉を失い息を呑んでいた。
 その手紙は、まさに私が恐れていたもの。どうすれば良いかも分からない未曾有の危機を報せるもの。
 瞳孔を大きく見開き、瞳を震わせるマクベスタが信じられないとばかりに手紙の端を強く握り締めた。

「伝染病で、オセロマイトが滅ぶ……? 何を言って……」

 ──そう。その内容はオセロマイト王国を破滅へと追いやる恐怖の伝染病……その危機を報せる手紙だったのだ。
 手紙の内容はこうだった。
 およそ半年前よりオセロマイト王国北部を中心に未知の病が大流行し、その勢いは止まず寧ろ時を経て増すばかり。
 最早感染拡大を防止する事は叶わず、国境の封鎖か他国への救援かの二択を迫られ……ついに周辺国──その中でも大国のフォーロイト帝国へと救援を求める事にしたらしい。
 果たしてフォーロイト帝国に未知の病をどうにかする術があるのかどうか、私には全く検討つかないのだが……。
 そして、あの無情の皇帝がそんな要請に応えるのかどうか、私には全く予想が出来ないのだが……。
 それでも藁にもすがる思いでオセロマイト王国が王太子カリストロ・オセロマイト王子は、我が国にこうして手紙を送ったのだろう。
 そもそも何なんだ、草死病《そうしびょう》って……何が原因で発生したものなのか分からない上に治す方法が大司教等による治癒魔法しか無いなんて……本当に防ぎようが無いじゃないの。
 でも、だからと言って見捨てたりするつもりは全く無い。やれる限りの事を私はやらなければならない。

 考えろ、考えろ……! どんな手段を用いてでもいい、オセロマイト王国を救えるのなら……!!
 とにかくまず最初にすべきは国教会への大司教の派遣要請だ。失礼な話だが、小国のオセロマイト王国からの要請が通らずとも、西側諸国でも一二を争う大国のフォーロイト帝国の名前を出せば……まだ可能性はある。
 次に感染拡大を抑える事。日本での感染予防と言えば手洗いうがい消毒マスクの着用、人との接触を避ける事だけど……この世界に手洗いうがい消毒と言う概念は存在しない。

 今から広めるので間に合うのか? そもそもこれは意味のある事なのか?
 感染経路、感染方法が分からない以上その是非さえも分からない。
 だがしかし、大抵の感染症であれば効果がある事だろう。とにかくオセロマイト王国に一から手洗いうがいとマスクを広めないと。
 消毒は……消毒液の作り方が分からないから用意出来ない。こんな事ならもっとその辺の事も前世で勉強しておけばよかった……っ! 今の所、転生チートなんてほとんど発生してなければ役にも立ってないじゃないか!