──しかし。それでも尚、姫様が皇帝陛下によって殺されると言う可能性は拭いきれなかったのです。
 姫様には王位継承権も無く、巷では不遜な輩に野蛮王女などと揶揄されています。そんな姫様を皇帝陛下が放置しているこの現状こそ、認めたくはありませんが奇跡に近い事なのですよ。
 いつ皇帝陛下の気が変わられるかも分からない状況で、近頃姫様はついに城の外で行動を起こされた。
 これが一体どう影響をもたらすのか、私にはてんで予想が出来ない事柄ではございますが……とにかく姫様が毎日無事に生きて下さるならば、私はそれだけで十分でございます。

「……確かにその可能性があり、ほとんど事実に近い事柄です」
「ふーん。おねぇちゃんがたかだか人間の王に殺されるなんて面白くないなぁ……どうせなら精霊王とか妖精女王に殺されればいいのに。その方がよっぽど面白いや」

 先程の、姫様の発言が本当なのかという質問に私がそう答えると、シュヴァルツは何気なくそんな事を言い放ちました。
 その瞬間私の体は無意識に動き、シュヴァルツの胸ぐらを掴み上げていました。

「……何を巫山戯た事を吐かしているのでしょうか。姫様が殺されればいいと? 本気で、そのような戯言を吐いているのですか?」

 喉を押し潰したように低くて怒りを蓄えた声。こんな声が私の体から出るなど、初めて知りました。

「ちがうしー! ぼくはおねぇちゃんにもっともっと生きて貰わないと困るのぉ。だからこんな所でたかが人間に殺されて死んで貰っちゃ困るんだってー」

 私に掴み上げられ、体が地面より離れた状況だと言うのに……シュヴァルツは全く動揺する様子も無く、いつもの調子で弁明を始めた。

「あのね、精霊王と妖精女王は人間を殺せないの。だからあいつ等に殺されればいいのに〜って言うのは不可能な事……つまり死んでほしくないって事! これは冗談《ジョーク》なの! ぼくの地元じゃあテッパンの冗談《ジョーク》だったのにぃ…………こっちじゃ通じないのかぁ……」

 人差し指をピシッと立てて説明口調で弁明したかと思えば、突然大きなため息を吐いて、「そもそも精霊王は殺せても殺さないだろうけどぉ…………」と訳の分からない事を呟きながら落ち込み始めました。
 本当に、何なのでしょうかこの少年は。
 一体どんな地域に住んでいれば、そのような不敬かつ恐れ知らずのジョークを口に出来るというのでしょう。

「……そうとは知らず、失礼しました。ですがこれからは、冗談であろうとそのような事を口にするのは控えて下さい」

 シュヴァルツを降ろしながらそう頼むと、彼は「はぁーい」と緩い返事をしてまた菓子を頬張り始めたようです。
 本当に自由気ままで掴み所の無い少年……今の所は姫様に敵意を抱いておりませんが、これからもそうとは限りません。姫様がそれなりに彼を気に入っている以上、これから先も彼はここに居座る事でしょう。
 もしそのような状況で彼が姫様へと敵意を抱けば……取り返しのつかない事になるかもしれない。それだけは避けなければなりません。
 ですので、誰相手でも警戒しないお人好しの姫様に代わり、私が全てを警戒する必要があるのです。