『──政も、爵位なんてものにも私は興味無い。私が求めるのは血湧き肉躍る商売! ただそれだけだ!』

 かねてより商いに携わっていたシャンパージュ伯爵は、狂ったのかと思う程商売というものに魅入られていたらしい。加えてシャンパージュ伯爵には天からの贈り物かと紛う程の商才があった。
 その為、フォーロイト帝国の市場はあっさりとシャンパージュ伯爵家に掌握されてしまったのだ。不幸中の幸いは、シャンパージュ伯爵家が商売以外には本当に興味が無かった事だった。そしてその才能と商売への熱情は当然のように受け継がれたらしい。
 鬼才ばかりのシャンパージュ伯爵家と歴史のあるララルス侯爵家に任せておけば、異様な速度で帝国市場が拡大する。歴代皇帝達はそれを良しとした。
 だからこそ、シャンパージュ伯爵家には特権のようなものが認められている。あの家が突然他の貴族を潰そうが、皇帝は何も言わない。それが、暗黙の了解だったからだ。
 それ故……公爵家や大公家に並ぶ権力を持つとさえ言われている。貴族社会の裏の支配者──それが貴族達の間でのシャンパージュ伯爵家の通称だった。
 常に中立の立場に在ったあの家が、特定の皇族や貴族と親しくしたなどと言う話、今まで聞いた事が無かった。
 そんなシャンパージュ伯爵家が、ついにその中立の立場を捨てただと……? それも、皇宮から出るなと父上より命令されていた妹と親しくなったなど……そんな筈は無い、一体どう言う事なのだと頭を回転させる。
 しかし、めぼしい答えは生み出せず、気がつけば妹は姿を消していた。
 疑問を解決出来たならまだしも、なんと僕は、この度疑問を増やしただけで終わってしまったのだ……。

「…………シャンパージュ、伯爵家……」

 どう言う手段を用いたかは分からないが、妹が自陣営に引き入れた家門が強大過ぎる。そもそも妹に継承権は無いし、僕は既に皇太子としての立太子式を終えている。
 継承権争いなど最初から存在しないのだが……シャンパージュ伯爵家が、いつの日か皇帝に即位した僕に大人しく忠誠を誓うかどうか怪しい。
 公爵家アルブロイト。大公家テンディジェル。四大侯爵家、フューラゼ。ランディグランジュ。ララルス。オリベラウズ……そして伯爵家シャンパージュ。
 これらの家門に認められ忠誠を誓われなければ、皇帝の治世が危うくなる……と、受け継がれし禁書には記されていた。
 だからこそ、僕はこれら全ての家門から認められる皇帝にならねばならないのだが……最難関とも思えていたシャンパージュ伯爵家が、まさか妹の下に付くなんて。
 厄介な事になったな……まさか妹と派閥争いをする羽目になるとは……。
 とは言え、公爵家と大公家と四大侯爵からの忠誠を得る事が出来ればシャンパージュ伯爵家の身勝手など最早無意味も同然だが……妙に胸騒ぎがする。
 何もかもが上手くいかないような、そんな予感がする。

 ……何故だ? 何もかもが約束され定められた道を行くだけの僕が、何故このような不安を抱かねばならない?
 久々に妹に会ったから? 真正面より憎悪で射抜かれたから? 良からぬ想像をしてしまったから?
 分からない。妹の真意だけでなく……この不安の理由さえも、今の僕には分からなかった。
 ただなんとなしに思うのだ。いつの日か、あの女は──僕にとって最大の障害になると。
 取るに足らない道具と思っていたが、あれは、間違いなく……僕にとって最悪の敵になる気がしてならない。

「──例えば、そうなったとしたら」

 お前が、僕の邪魔をするのなら。

「──その時は僕が殺してやろう」

 父上ではなく僕の手で。
 障害物は……尽く、破壊しなければいけないから。