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 呆然としたまま自室に戻ると、柄にも無く昼間から寝台《ベッド》に寝転び、瞳を閉じた。
 そこで…まるで敵を前にしたかのように、憎悪の籠った瞳を隠す事無く向けて来た二歳歳下の妹の顔を思い出す。
 煩わしいぐらい後を追いかけてきては僕を呼んでいたあの妹が…………今や顔を歪めてこの手を振り払うまでに至った。
 始まりはいつかの建国祭。熱に侵され死に目に遭った妹は、まるで別人かのように変わり果てた。
 妹が何故あのように変わったのか……その原因をケイリオル卿が調査しているそうなのだが、何とあのケイリオル卿をもってしてもその原因は未だに判明していない。
 かれこれ数年間に及び妹の監視を行っているそうだが、あまり手がかりらしいものも得られていないそうだ。あのケイリオル卿が珍しい、とそれには僕も少し驚いた。
 ケイリオル卿が言うには、妹はもう父上に認めて頂く事を諦め、別の目標を立てたとか……。
 ただそれだけの事であそこまで変わるものかと、僕も最初はそれを一蹴した。しかし、妹の思いもよらない姿を目撃した時……僕はケイリオル卿の言葉が正しかったのではと再考してしまった。

 数年前、一人になりたくて皇宮の周りを散策していた時、妹が僕や父上の真似をするかのように木剣を振るう姿を見てしまった。それはただの素振りであったが、その剣筋はかなりのもので……軸も安定している事から、恐らくもう既に何年も前から剣を習っていたのだと分かった。
 一国の王女が一体何を。という言葉が頭をよぎったが、ここはフォーロイト帝国で妹もまたフォーロイトの血を引く者。なればこそ、戦いに惹かれるのは無理もない話だった。
 ただ、そうだとしてもやはりおかしい。そう言う血筋だからという理由だけでは片付けられない疑問が散見している。
 ならば何故、お前はそこまで努力する? 全てが無駄になるやもしれぬのに──。
 そんな疑問が僕の頭の片隅に居座った。
 そう言った疑問を解決するには本人に聞くのが一番なのだが、あの妹は以前の姿など見る影も無く、僕の事を徹底的に避けていた。どうやらそれを隠すつもりも無いらしい。

 会ってこの疑問について問い詰めようとしても、妹はどうしてか一向に捕まらない。もし会話を行えても、一秒でも早く僕から離れたいのか強引に会話を切り上げて何処かへと行く。
 妹の事に僕の貴重な脳内容量を割きたくない。だからこそこんな下らない疑問は早急に解決したいのに…………それは数年かけても尚解決しなかった。
 ケイリオル卿に聞いても妹の専属侍女に聞いても何も分からず終い。僕が一人で考えるにも、あまりにも不可解な状況が多く解決に至らない。
 いっその事全て忘れてやりたいとすら思った。あぁ、本当に……何と煩わしいんだ、あの妹は。

 そんな時に、また偶然妹と鉢合わせた。僕の顔を見た途端露骨に嫌悪感を顔に出す妹は、すぐさまそれを完璧に消し去り代わりに偽物の笑顔を顔に貼り付けた。
 剣を振る時以外は滅多に部屋からも出ない妹が皇宮内を彷徨(うろつ)いている事が珍しくて、僕は咄嗟に妹に何処に行くのかと問うた。……聞くべき事を誤ったのは、僕の落ち度だ。
 すると妹は表情を崩す事無くそれをはぐらかした。しかし逃げられぬよう手を掴んでから更に問い詰めた事により、ついに行先を白状した。

 行先は──シャンパージュ伯爵邸。シャンパージュ伯爵令嬢と親しくなったと、妹はそう言った。その言葉に僕は思わず耳を疑った。
 シャンパージュ伯爵家とは我が帝国でも異質な存在。
 初代シャンパージュ伯爵はそもそもフォーロイト王家の遠縁の者だったらしい。しかしフォーロイト王国が帝国政へと舵を切った際、かつて初代皇帝に与えられた公爵位を返上し、その代わりに伯爵位を授かったと言う。
 その行為に当時誰もが不敬だなんだとシャンパージュ伯爵に後ろ指を指したそうなのだが、それに対してシャンパージュ伯爵が放った言葉は……皇帝になりし者に受け継がれる禁書に記され今世まで伝えられている。