「待ってください、アミレス様」

 しかし、メイシアに呼び止められてしまう。メイシアが私を呼び止めた事により、伯爵もこちらを見た。
 そして指の背で涙を拭うメイシアが、そんな伯爵に向けて先程の事を伝えた。

「あのね、お父さん。お母さんを助けてくれたのはアミレス様なの…………アミレス様のおかげで、お母さんは目を覚ましたの」
「王女、殿下のおかげで……!? 王女殿下ッ、メイシアに続き妻までもお救い下さり、誠に……っ! 感謝申し上げます……!!」

 伯爵は目にも止まらぬ早さで地面に膝を着き、そして深く頭を下げた。彼の目から溢れる涙達が床に模様を生み出している。しかし、それでも彼はずっと頭を下げていた。

「……私は何もしてませんよ。夫人を助けたのは彼──」

 伯爵の謝辞は流石に大袈裟だと思い、私は正直にリバースさんのおかげなのだと明かす事にした……がしかし、それは早々に阻まれる。

「言っときますけど……俺はお嬢さんが姫さんの友達じゃなかったらお節介もしなかったし、姫さんがリバースを呼んだからこそ何とかなったんすよ。全て姫さんの存在ありきっすね。なんで、姫さんが何もしてないって事はありえませーん」

 師匠が私の言葉に被せるように話す。私は何もしていないと言いたかったのに、師匠が、全部私がいたからこそなどと言い出してしまったのだ。
 不味い事に、師匠の言葉に正直者のメイシアが頷いてしまって、伯爵もそれを完璧に信じてしまったらしい。
 ……まぁ別に嘘ではないんだけど……でも、ただ私はここにいただけだし。感謝されても困るというか。
 伯爵が何度もありがとうございますと口にする。伯爵に続くように、部屋にいた侍女や使用人の方達も感謝の言葉を口にしていた。
 この状況で身を引けば、場が白けてしまう気がする。でも私は家族水入らずの感動的な時間を過して欲しいと思っていて……。

「…………私に感謝するのは後でもいいでしょう? 今は、家族での時間を取り戻す事に専念してください。私への様々な言葉は……どうか、いつか快復した夫人と共に。いつでもお待ちしておりますので」

 可能な限りの笑みを作り、伯爵へと語りかけた。
 伯爵は今一度感極まり声を震わせた。拝むように私に向けて頭を下げた後、言われた通り伯爵夫人の元へと戻り、伯爵夫人に声をかけ始めた。
 伯爵の話に何とか相槌を打っている様子の伯爵夫人が、その途中でふと目線だけこちらを見て、小さく微笑んだ。
 しかし瞬きすると伯爵夫人はもう伯爵の方を見ていて、あれは私の見間違いだったのかと思案する。
 そして私は執事長に事業の方の進捗をまとめた報告書を作っておいて欲しいと伝言を頼み、最後に「この事は他言無用でお願いしますね」と念押ししてシャンパージュ伯爵邸を後にした。
 私達が昏睡状態だった伯爵夫人を救った〜なんて大袈裟な噂が流されたら皇帝に何言われるか分かったもんじゃない。だからこその他言無用だ。
 今日ここを訪れた理由のほとんどは達成出来なかったものの、不思議と嫌な気はしなかった。寧ろ、私の心は晴れ晴れとしていた。