「──有難い提案ですが、お断りさせて頂きます。わたしには……この眼が必要なんです」

 メイシアは、強い意志のこもった眼で師匠に向けて言った。
 師匠は断られた事を全く気にしていない様子で満足そうにニッと笑った。

「そうか。ま、そうだと思ったけどな。流石は姫さんの見込んだ人間だ、いい眼してんじゃん」
「ありがとうございます、精霊様。あの……身勝手とは重々承知の上です。一つ、頼みたい事があるのですが……」
「頼み事? ふむ……まぁ、お嬢さんは姫さんの友達だから特別に聞いてやるよ」

 話に追いつけずぽかーんとする私とマクベスタを置いて、メイシアと師匠が何かまた別の話を始めたのだ。

「……先程精霊様が仰っていた通り、わたしは産まれてすぐに魔眼の力である人を傷つけてしまいました。その人は一命を取り留めたましたが、その日以来目を覚まさず……ずっと眠り続けているんです」
「ほぅ……魔眼に関する事だから、精霊ならなんとか出来るかもしれねぇって望みをかけたって事か?」
「……はい。どうか、あの人を──お母さんを診てくださいませんか」

 メイシアが藍色の長髪を垂らし、頭を下げて頼み込む。それを聞いた師匠はおもむろに立ち上がりそして、

「任せろ、俺に出来る事ぁしてやる」

 と言って歯を見せて笑った。
 メイシアは嬉しそうに顔を上げた後、もう一度頭を下げた。
 そして二人がそのまま伯爵夫人の元へと向かったので、私とマクベスタも置いていかれまいとそれを追いかける。
 広い屋敷の中を暫く歩いていると、ようやく伯爵夫人が眠っているらしい部屋に辿り着いた。そこには何人のも侍女が常駐していて、寝たきりの伯爵夫人の世話をしているらしい。
 メイシアの後に続いて伯爵夫人の部屋に入る。中は静かで広々とした部屋で、部屋の一角にはプレゼント郡と思しき山があった。
 そして……部屋の中にある大きなベッドの上で眠り続ける女性の姿が見えた。
 朱色の髪で痩せ細った人。それでも美しいと感じるその寝顔は、やはりメイシアの母親だと頷けるものだった。
 メイシアは伯爵夫人の細い手を優しく握った。そして小さく「お母さん……っ」と呟く。
 そんな伯爵夫人をまじまじと眺めながら、師匠は言った。

「こりゃあれだな、魔力炉の問題だ」
「……魔力炉、ですか?」
「そ、魔力炉」

 何やら伯爵夫人が昏睡状態にある原因を一瞬で見抜いたらしい師匠が、その解説を始めた。

「さっきも話したけど、人間ってのは魔力炉が正常に機能してないと死ぬんだよ。お嬢さんの母親の場合、その魔力炉の機能が著しく衰えているから目を覚ませないんだ。寧ろ、この状態でまだ魔力炉が機能してるのがおかしいぐらい…………」
「あのっ、じゃあその魔力炉というものが元に戻ればお母さんは目を覚ますんですか!?」

 メイシアが弾かれたように顔を上げ、師匠の方を見た。期待に満ちた眼で、最後の希望に縋るように。
 しかしその師匠はと言うと。

「まぁそうだなぁ……つっても俺には魔力炉そのものを弄る力はねぇんだ」

 申し訳無さそうに、首に手を当てながら目を逸らした。それを聞いたメイシアがしゅんと明らかに落ち込む。
 悲しみから丸まった背中がとても小さく見えて、流石に見てられなくて私は口を挟んだ。