「今から会いに行く子って火の魔力なんすよね、いやぁ楽しみだ」
「エンヴィーさんもきっと気に入ると思うよ、メイシアはすっごいいい子だからね!」
「姫さんがそこまで言うなら……っと、そうだ姫さん。頼みがあるんすけど」

 後ろを歩くエンヴィーさんがピタリと足を止めて、突然そう言い出した。
 それに合わせて私達も足を止め、エンヴィーさんの顔を見上げる。

「……数年前からずっと言いたかったんすけど、俺の事をエンヴィーさんってさん付けで呼ぶのやめてくれませんかね? ほら、シルフさんは呼び捨てなのに俺にはさん付けで……なんと言うか、シルフさんからの圧が……」

 エンヴィーさんは冷や汗を頬に滲ませて頼み込むように頭を下げていた。
 でもどうして今更? と思っていると、心を読まれたかと思うぐらいタイミング良くエンヴィーさんが訳を話したのだ。

「…………今まで姫さんの傍にはずっとシルフさんがいたじゃないすか。そんな状況でシルフさんからの圧がどうこうなんて話をすれば、俺、後であの人に絞られんの確定なんで……」
「……だから奇跡的にシルフがいない今、その話をしたって事?」
「そうなりますね」

 精霊さんの上下関係って結構シビアなのかな。なんて考えながら、私は顎に手を当てて空想しては小さく笑いをこぼす。猫シルフがエンヴィーさんに向けて説教をする姿が、妙にしっくり来てしまったのだ。
 エンヴィーさんにもう頭を上げてと言い、更に私は尋ねた。

「前から思ってたんだけど、シルフって凄いヒトなの?」
「いや、そりゃ凄いも何もあのヒトは…………って、あー、やっぱ忘れてください。凄いヒトだって事だけ覚えておいて貰えれば」
「えー! そこまで言ったなら最後まで言ってよ気になるじゃない!」
「これ以上はちょっと……またシルフさんに怒られる……と言うか俺の呼び方! これのが大事っすよ!」

 強引に話題を逸らすエンヴィーさんが、なんて呼んでくれるんすか? とそればかり繰り返す。
 まぁ確かに今後エンヴィーさんを何と呼ぶかはそれなりに重要な問題だ。だから私は……仕方なく、今は大人しく、エンヴィーさんの事情に付き合ってあげる事にした。

「……じゃあ、マクベスタと同じように『師匠』で。隠し事をするヒトを名前では呼んであげません」
「え…………マジっすか……?」
「全然大マジですけど、師匠」
「……マジかぁ……でもさん付けよかマシ……」

 自分で招いた事態なのに妙にしょんぼりとしているエンヴィーさん改め師匠の肩を、マクベスタが優しくポンっと叩く。
 やめてよ、何か私が悪いみたいじゃないこれ。
 とにかくこの空気が嫌だったので、私はマクベスタと師匠の腕を引いて歩き出す。目指すはシャンパージュ伯爵邸、気分転換にも愛しのメイシアで癒されるぞ!!