目が覚めたら──やけに豪華なベッドの上にいた。

 ベッドはふかふかで、枕や布団には金糸で精巧な刺繍が贅沢にあしらわれており、およそ今までの人生では目にする事も、勿論こうして触れる事もまず無かったであろう逸品。
 私の今までの人生の経験上、こういった状況に当てはまるものはそう多くなかった。

 これは、今流行りの異世界転生なのでは?

 そう思うと途端に心が躍りだす。
 推定享年十七歳。前世の事はあまり覚えていないが、それまでの数年間の人生をアニメや漫画やゲームと推しに捧げてきた気がする。いや本当に気の所為かもしれないのだけど。
 誰もが一度は憧れるであろう異世界転生。ファンタジーな世界で剣や魔法やモフモフに囲まれて過ごす穏やかでされど刺激的な日々……そんな決して現実ではありえないからこそ、夢見てやまない世界。
 そんな夢物語が今こうして現実となっている。

「……ありがとう神様! 前世の事はよく覚えていないけれど、多分最高の来世になってるよ! いや、現世か……?」

 天井に向かってそう叫んでみるも、空から何か返事があるはずもなく。この部屋は時が止まったかのような静かさに飲み込まれた。そしてふと気づいたのだが。

「私……こんな可愛い声だったかしら」

 今の私は驚く程に可愛い声をしていた。
 視線を下に落とすとフリルとリボンが適度に主張する薄水色の服と、真っ白で細く柔い小さな手足が視界に入ってくる。
 視界の端に見える銀色のふわふわの髪が揺れる度にほんのりと漂うのだが、とても良い香りがする。
 ……やはり、異世界転生で初動でやる事と言えば──鏡で自分の姿の確認、ね!

「鏡は何処にあるかな〜」

 高級そうな大きいベッドから飛び降りて、広い部屋を駆け回る。その際少しだけグラッとしたのだが、恐らくは立ちくらみか何かだろう。
 ベッドだけでも高級そうなのは分かっていたけれど、それ以外の全ての物も高級品ばかり。きっと私は、とてつもない金持ちの家に生まれ変われたのだろうなと目に見えてわかるレベルだった。
 しかもベッドは西洋文化らしき天蓋付きのベッドで、私が先程天井と思って叫んでいたのは天蓋だったらしい。

「あっ、もしかしてあれが鏡かな?」

 しばらく部屋の中を歩き回ったり飛び跳ねたりして、ようやくそれらしきものを発見する。しかしそれは私の身長より少し高い机の上にあって、このままじゃ机の上のものを手に取る事は出来ない。
 小さい体を満遍なく駆使して椅子に登り、机の上にある手鏡を手に取ると……。

「…………ものすごい、美少女だわ」

 そして、ついに第二の人生、第二の自分との対面を果たすことができた。
 ライトノベルでメインヒロインを余裕で務められるような可愛いらしい顔立ちをしており、天パなのかはわからないが銀色……白みの強い銀色のふわふわした長髪。長く整ったまつ毛に寒色の瞳。
 初見は儚げな印象を持ってしまう、何故か見覚えのある六歳くらいの可愛い幼女。

「あまりにも可愛い……前世の自分の顔とか全く思い出せないけれど、それでも天と地程の差があるのは分かるわ……」

 顔を手でぺちぺちと何度も触っては鏡を凝視してニヤニヤしている。どれだけニヤニヤしても気持ち悪くなくて可愛いなんて最強じゃないかしら……。

「気を取り直して……これから先どうするかを決めよう。まずはこの世界の情報とか集めたいよね」

 椅子から飛び降りてふかふかの絨毯に着地する。そこで先程の探索の折に見つけたパンプスを履いて情報収集に出る準備をする。
 情報を制する者は戦を制する……やはり何事も情報が必要なのだ。
 その為に部屋の外に出ようとドアノブに手をかけたらあら不思議。鍵がかかっているではないか。
 そしてどういう訳か内側の鍵の部分が壊れていて、こちらから開ける事は出来ない。つもるところ、軽く軟禁状態という事だ。
 どうしたものかと頭を悩ませる。そこでふと、壁に掛けられている絵画……その額縁に視線が釘付けになる。……あの額縁、すっごく硬そうね。アレで何回か扉を殴っていれば、扉だって壊れて開いてくれるんじゃあないか? ほら、角が凄く鋭利だし。

 思い立ったが吉日。椅子を絵画の下へと動かしてそれに乗り、全身で絵画を持ち上げて壁から外す。その重さに小さな体がよろめき椅子から落ちそうになるが、放り投げるように絵画を手放した事で、すんでのところで耐えた。
 ドンッという音をたてて絵画が落ちた後に、私はおそるおそる椅子から降りる。もし今誰かが来たら大変だ。軟禁状態と思しき幼女が脱走を試みているのだから。
 頼むから誰も来ないでと祈りながら、力づくで額縁と絵画を分離させる。その際に綺麗な絵画にいくらか傷がついてしまったのだが……まぁ、仕方ないか。何事にも犠牲は必要なのだ。
 そして額縁だけとなった事により、なんとか持ち上げられるようになった。扉の前で額縁を構え、そして、体を一回転させ……。

「とぉりゃっ!」

 額縁を思い切り扉にぶつける。扉には僅かな傷しかついていない。
 それに私はがっかりしたが、そうもしていられないのだ。誰かが来る前に何とかして事を済ませなければならない。