「こらシャル、そうやってすぐ皺を寄せるのはやめろっていつも言ってるだろう。相手が怖がるでしょうが」
「こうした方が遠くのものが見やすいんだ」
「とにかくほぼ初対面の人の前でそれはやめような」

 ダークグレーの美青年が眉間に指を当てながら、口を尖らせる。それを軽く窘めるラーク。
 ……もしかして目が悪いのかな、あの人。確かにああしたらちょっと視界がマシになるし、そうなのかもしれない。
 確か水ってレンズに出来たよね……ちょっと試しにやってみるか? 出来るかどうか分からないけれども。
 そして私は手元でこっそり魔法を発動し、水をなんとか球体にして、それ越しに足元を見る……が、ただ景色が揺らいでいるだけだ。

「シャル兄にオレの目ぇあげたいぐらいだもんな」
「少なくともジェジの目は良すぎるから要らないと思うわよ」
「えーなんでぇー!」

 獣人の少年と赤髪の美人が仲良さそうに話しているのを聞きながら、私は手元で作業を行う。
 それに気づいたシルフとシュヴァルツが「何やってるの?」と手元を覗き込んで来たので、それには秘密と答えておいた。
 とにかく水を色んな形に変えてみていると、ついにそれっぽい状態を作り出す事が出来た。
 達成感で高鳴る鼓動を落ち着かせ、私は立ち上がってシャルと呼ばれたダークグレーの美青年の方へと駆け寄る。彼は突然近づいて来た私を警戒している……と言う訳では無かった。ただ不思議に思っているようだった。
 彼が本当に目が悪いのかどうか、これで確かめてみようじゃないか。

「あの、もし良ければ一回この水の塊を覗き込んでみてくれませんか?」
「……? 分かった」

 凄く知的なイメージを抱くその容姿からは意外な程、ダークグレーの美青年は素直に私の指示に従ってくれた。
 彼の目の高さに合わせて水の塊を浮かべる。そして水の塊を覗き込んだ瞬間。
 彼の顔に電撃が走った。

「ッ!? どう言う事だ、こんな綺麗に世界が見えるなんて……っ!!!」

 ダークグレーの美青年は感極まり体を小刻みに震わせていた。
 うーん、やっぱり目が悪いみたい。今度眼鏡でもプレゼントしてみようかしら……日常生活に支障をきたしそうだし。

「おいスミレ、何をしたんだ? シャルルギルはかなり目が悪かった筈なんだが……」

 ディオが身を乗り出して聞いてくる。どうやらダークグレーの美青年はシャルルギルさんと言うらしい。
 成程、彼がシャルルギルさんか……ディオの仲間自慢で聞いた気もする名前だ。
 さて、とりあえずシャルルギルさんの事について説明しよう。

「シャルルギルさんの目が悪いみたいだったから、本当に悪いのかなって確かめる為に……ええと、眼鏡のようなものを水で再現してみただけ」

 水を手元でふよふよと動かしながら説明する。魔法の解説が出来て、楽しさから口角が上がっているかもしれない。まぁ、気にしないで欲しいな。
 ああそう、眼鏡はこの世界にもちゃんと存在する。
 ただそれなりに高いみたいなので、一般市民はあまり手を出せない代物なのだそうだ。

「あ、シャルルギルさん。眼鏡が必要でしたら言ってください。こちらで用意しますので」
「いいのか? 眼鏡は高いんだろう」
「私はこれでも王女ですよ、眼鏡なんて余裕で買えますから」
「……ふむ、本当に言葉に甘えてもいいものだろうか」

 シャルルギルさんが申し訳無さそうに眉尻を少し下げる。私はそれに、わざとらしい笑顔で返した。