その言葉はアミレスの中に深く刻まれた。絶対に犯してはならない決まりなのだと、アミレスはその言いつけを守り続けた。
 どれだけあの花々に憧れようと、惹かれようと……アミレスがこの庭園に足を踏み入れる事はその生涯でただの1度も無かった。
 それが兄の言いつけだったからという、ただそれだけの理由で。
 今、どうやらそれが私にも影響を及ぼしているらしい。例え私がアミレスならざるアミレスであろうとも、この体に刻まれた習慣や思いは残り、そして私にその影響を与える。
 そして恐らく……これはその時々にならない限り私にも分からない事だろう。何がどう私に影響を及ぼすのかは、今のようにその事態に遭遇しない限り分からない。つまり、アミレスの残滓とは私にとって回避不可能のトラップなのだ。

 ……さてどうしたものか。まさかこんな障害が残っているなんて。
 確かにアミレスの意思は尊重してやりたいが、いかんせん幸せになる為にはそれすらも犠牲にする必要がある。
 どちらを取るか……不定期に選択を迫られるかもしれないとだけ、念頭に置いておこう。まぁ選択肢があるかも分からないのだけど。
 ようやく頭痛がなりを潜めて、私の頭部に平和が舞い戻る。今までその痛みに周りの声も聞こえていなかったが、どうやらシルフが心配してくれていたらしい。

「アミィっ、アミィ! 大丈夫かい?!」

 私の周りを何度もぐるぐると動き回りながら、シルフは心配そうに声をかけ続けていた。
 私がゆっくりと顔を上げると、光が目の前でピタリと止まり、そこから心底安心したような声が聞こえてきて。

「良かったぁ、無事なんだね。アミィが急に具合を悪そうにしたものだから、ボク、凄く心配したんだよ!?」

 目の前にあるのはただの光の塊なのに、どうしてだか、不安に溺れる人の顔が容易に想像出来た。それだけ……シルフがとても心配してくれているのがひしひしと伝わってきたのだ。
 まだ出会って数時間なのに本当に優しいなぁ、シルフは。

「ごめんね……まだ記憶が戻ったばかりで頭が混乱しているみたい。この景色はこの体には毒のようだから、もう行きましょう」

 どうせ入る事が出来ないのに、こんな探索する場所も少ない所に長居する必要は無い。
 そう思い立ち上がった時、私の体は僅かに震えた。身震いしたのである。
 そんなにも記憶の中の兄に怯えているのか、この体は……とアミレスを少し憐れに思いつつ来た道に背を向ける。
 すると、思いもよらぬ人間と目が合ってしまった。
 私が今行こうとしている道の先に──兄が、立っていた。
 先程まで誰もいなかったのに、いつの間にかあの男がそこに立っていた。