入り組んだ道を巧みな馬車操作(ドライビング)であっさりと突き進む。ハイラさんの運転技術があまりにも凄くて、私達はこの時、ハイラさんが馬車で手綱を握るのが今日で初めてと言う事を完璧に忘れていた。
 しかしそれも大した問題ではない。だってうちのハイラさんは何でも出来るパーフェクトメイドだからね──。

「うっ…………きもちわる……」

 貧民街──西部地区に入って数分。私は、口元を抑えながら椅子に倒れ込んだ。
 ハイラさんのあまりにも激しくかつ正確な運転は、確かに完璧だった……周囲に対しては。
 周りの家屋や人々にぶつかる事は皆無だったが、それに乗っていた私達は激しく揺れる車内に居続けたあまり、乗り物酔いを引き起こしていたのだ。
 ……まぁ、思い切り酔ってしまったのは私だけなんだけどね。よくよく思い返せば、私、これが人生初の馬車なんだよね、そりゃ酔うわ。
 うぷっ……やばい本当に気持ち悪い。視界が変な色になるし、口の中にどんどん唾が溢れてくる。
 でも、絶対に吐きたくない。嫌すぎる、こんな所で吐くなんて絶対駄目。というか、アミレスに嘔吐させるとか私が許せない。
 絶対に耐えなきゃ、何がなんでも、耐えてみせる。

「アミィ、大丈夫?! くそっ、なんでアレは全然効いてないんだよ……っ!」
「おねぇちゃん気分悪いの? どうしようどうしよう何とかしてよねぇ精霊なんでしょ!」
「やれるならとっくにやってるよ!! どうする事も出来ないから今こうして焦ってるんだよ!」
「約立たず!」
「本当に失礼な子供だな!?」

 私が死にかけている傍でまた言い争いを始める二人。その声が頭に響いて、体調不良を加速させている。
 不幸中の幸いは……現在は馬車が止まっていて酔いに効く薬をハイラさんがダッシュで調達しに行ってくれている事だろう。
 私の顔色が悪くなった辺りでシュヴァルツが騒ぎ出したので、それに気づいたハイラさんが馬車を緊急停止……今にも舌を噛み切って自殺してしまいそうなぐらい青ざめた神妙な面持ちで『申し訳、ございません、姫様……』と言いながら馬車の扉を開けてきた。
 ハイラさんだって人間だもの、そりゃあ失敗する事もあって当然だ。むしろ完璧過ぎるハイラさんにもこんな一面があるのかと、少し可愛いと感じた。
 こんなにも弱々しいハイラさんの姿は初めて見たもの、それに彼女とて初めての事なのだ……確かに吐きそうになったけれど、それでも私はハイラさんを責めない。
 責める代わりに、街の薬屋で良さげな薬を買ってきて貰う事にしたのだ。幸いにもここはまだ貧民街……西部地区に入ったばかりの所なので、街も近い。
 パーフェクトメイドウーマンなハイラさんならまぁ程なくして戻って来てくれる事だろう。……それまでこの馬車を引く馬達が眠り続けてくれるといいのだけど。ハイラさんお手製の睡眠薬の効能を信じるしかない。
 それまで私達は馬車の中で待機。馬車の座席に横たわってみているものの、座席は固いわ周りが賑やかだわで全然休めないわ。
 と、更に顔色を悪くさせていた頃。マクベスタがおもむろに上着を脱いで、

「アミレス。意味があるかは分からないが、枕替わりにこれを使ってくれ」

 差し出してきたのだ。何だこの男気が利くな。
 その顔は心配の色に染まっていて、真面目なマクベスタは、そこの騒いでる人達とはまた違う形で気遣ってくれたようだ。

「ありがとう、助かるわ」

 と言いながら、それを少し畳んで枕替わりにさせて貰う。服を枕替わりにした所でたかが知れてると言われそうだが、それでも無いよりはマシだし、何よりマクベスタの優しさに心が軽くなったのだ。これでもう十分快適というもの。
 にしてもマクベスタ……貴方って意外と気配りも出来るのね。笑うのが苦手で無愛想な貴方が……。
 この顔でこの性格はそりゃ攻略対象にもなるわな。ほんのちょっとしか出なかった一作目から根強い人気があったもんね、フリードルとマクベスタは。それで二作目で無事攻略対象入りと。
 ……というか、この際だから攻略対象の情報についてもう一度整理しておこう。マクベスタのように、この先関わる事になる攻略対象もいるかもしれないし。