「スミレってすっごいねー、なんでも一人でやれちゃうんだもん。無茶にも慣れてそうだし」

 どこか含みのある物言いのシュヴァルツくんに、わたしは漠然とした不安を覚えた。その不安の正体も分からないまま、わたしは脱出の時を迎えた。
 例の大人の人達が迎えに来たので、順番に地上に出ていく事になった。その際、同じ檻にいたわたし達に、スミレちゃんから謎の玉が渡された。いざと言う時に使えとの事だった。
 子供達の列に並んで逃げ出した時には、もう既にスミレちゃんの姿は無かった。単独行動に移ったのだろう。
 ……さっきのシュヴァルツくんの言葉が、妙に頭の中で反響された。
 もし、スミレちゃんが無茶をしたならば。ここの理不尽で酷い大人達相手に無茶な事をして、傷ついたりしたら。
 想像しただけでも、ゾッとしてしまう。
 それが顔に出てしまっていたのか、シュヴァルツくんに、スミレちゃんが心配かと指摘されてしまった。
 わたしがそれに頷くと、彼は耳を疑うような発言をした。

「ふぅん、それなら今すぐスミレの所に行った方がいいよぉ。このままだとスミレは間違いなく怪我をするよ、下手をすれば致命傷になるかもしれないね」

 何を根拠にそう話すのか分からないけれど、シュヴァルツくんの言葉にわたしは強く反応した。
 どう言う事なんだと聞き返すと、シュヴァルツくんは軽い笑みを浮かべて更に続けた。

「スミレはとても強いのかもしれないよ? でもさ、相手は大人で男で何より経験豊富な人なんでしょ。どれだけスミレに才能があろうとも……どうしても、今はまだ越えられない壁があると思うんだよねー」

 ……思考が、止まってしまいそうだった。この時、わたしはただ『もしも』の『最悪』の事態を空想し、恐怖していた。

「だから君が助けに行けばいいと思ったんだぁ。だってほら、君はスミレが心配でー、そして強い魔力を持ってる! これ以上無い選択だとぼくは思うんだけど、どうかなっ?」

 シュヴァルツくんの無邪気な瞳と笑みがわたしの魔眼に映される。しかし、そんな事はもはや気にとめる暇もなかった。
 わたしはただ、スミレちゃんの事が心配で心配で仕方なかったのだ。他の事を考える余裕が、無くなってしまったのだ。

「…………あの子の所に行ってくる。恩返し、しなきゃ」

 それだけ言い残して、わたしは脱出の列から外れて建物へと戻って行った。
 シュヴァルツくんがどうしてわたしの魔力の事を知っているのか……皆目見当もつかないけれど、何となく納得は出来た。
 彼のあの不思議な金色の瞳に見つめられると、全てを見透かされているような気分になってしまう。そう言う魔眼もあるかもしれないってお父さんが言っていたし、そうなのかも。
 わたしの魔力の事を知った上で、シュヴァルツくんが『わたし』がスミレちゃんを助けに行く事をわざわざ推奨すると言う事は、きっと……本当に、スミレちゃんは危険な目に遭っているんだ。
 ざわざわと胸騒ぎがする。恐怖で心臓が早鐘を打つ。不安で頬を首筋を冷や汗が伝う。
 こんなわたしにも笑いかけて手を差し伸べてくれた優しいあなたが傷つくなんて、そんなの絶対に嫌! あなたが傷つくぐらいならわたしが代わりになりたい。だって、わたしに出来る事なんてそれぐらいだもの。
 わたしはどれだけ傷ついてもいい。苦しくたって構わない。だって、慣れてるから。
 でも……でも、心優しいあなたは違うでしょう。わたしはあなたが少しでも傷つくのがとても嫌なの。会って間もないわたしに、こんな事を言う資格があるのか分からないけれど……。