だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

 わけが分からない。
 どうして彼女がここにいたの? だって、あのお姫様は──、

「二作目ではモブ同然だって、お兄さんも言ってたのに……!」

 アミレス・ヘル・フォーロイト。あたしの推し、フリードルの実の妹にしてフォーロイト帝国唯一の王女。
 お兄さん曰く、『アンディザで一番報われない人』。その理由をあたしはまだ知らないのだけど、とにかく彼女は憐れな生涯を送っていたらしく、ゲームのファンの人達からは『悲運の王女』として親しまれていたらしい。

 そんな彼女がストーリーから外れてあたしの前に現れるなんて、そんなの噂に聞く一作目の殺害イベントが起きたとしか考えられない!
 でもここはたぶん二作目の世界で……アミレスによる殺害イベントは存在しない筈なのに。
 どうして、アミレスはあたしの前に現れたの────?

「おいっ! 大丈夫か、マクベスタ!」

 カイルの声で現実へと引き戻される。彼とて負傷している筈なのに、カイルはマクベスタへと駆け寄ってはその異常な様子に冷や汗を滲ませた。

「っ、はぁ……ぁ……!!」

 心臓を抑え、ボロボロと大粒の涙を流し、声にならない嗚咽を漏らして、マクベスタはひどく拙い呼吸でなんとか息をしている。

「落ち着けマクベスタ、一体どうしたんだ?」
「ぅ……、ふッ、か……は……ァッ!」
「とにかく一度、水でも飲んで落ち着くんだ。ほら、これを飲め」

 カイルから木製の水筒らしきものを手渡されるも、マクベスタの震える手はそれを上手く掴めず、水筒は空を切って地に落ちる。ゴンッ! と小気味よい音が響くと、カイルは焦燥に煽られた様子で「クソッ……どうすれば……!」と、歯痒さに打ち震えていた。

「──なん、で。どうして、どうしてなんだ……ユーキ…………」

 続いてドサッ、と後方から大きな物が落ちたような音がしたかと思えば、そこではセインが膝から崩れ落ち、まるでこの世の全てに絶望したかのような表情になっている。
 ユーキというのは、アミレスと一緒にいた人達の中の誰かの事なのだろうか。詳しくは知らないけれど、セインの知り合いがあの中にいたのかもしれない。

「っセイン! 大丈夫? 何かあったの?」

 彼の元へと行き、その背を擦りながら寄り添う。

「オレの、オレの、ユーキなのに……ずっと、オマエを取り戻す事だけ、考えてきたのに……オレの親友、なのに……っ! ──あの女だ。あの忌まわしき氷の女の所為で、ユーキは…………! あの女の所為で────ッ!!」
「ひっ……!?」

 狂気に支配された瞳孔には怨念が宿り、見開かれた瞳の中でぐらぐらと揺れている。
 ぶつぶつと。呪詛のごとく、アミレスへの恨み言を羅列するセインの姿は……とても、恐ろしかった。怖くて恐くて、思わず悲鳴を上げて後退り、尻もちをついてしまう程。

「ミシェル! 怪我はない? あいつ等、ミシェルのことを守るって言ったくせにミシェルを放っておいて何やってんだ……っ! ミシェルの周りをうろつくだけうろついて、結局なんの役にも立たないのかよ」
「だ、大丈夫。あたしは平気。でも……皆、様子が凄く変だよ……」

 ロイの心配も頷ける。何せ、さっきまで戦闘を担っていた三人が同時に戦力外となってしまったのだ。
 あたしはどちらかと言えば回復とか浄化の方が得意だから、お世辞にも戦闘向きとは言えないし、ロイだって戦うのは得意ではない。
 だのに、あの化け物はまだまだあたし達に迫り来る。

「危ないぞ、ガキ共」

 僅かにアンヘルの気だるげな声が聞こえた直後。背後で、何かが破裂した。アンヘルの声に引かれ、ほんの少し振り返ると、その瞬間──あたし達の横顔に何かがべったりとこびりつく。
 眼下にあるのは、うねうねと蠢いていた化け物の死骸。今、あたしの半身を覆う何かがあの気味の悪い化け物の血肉であると気づいた途端、胃の中のものが一気にせり上がってきて、口から溢れ出した。

「うっ──!」
「ミシェル!!」

 ロイが、案じ顔でこちらを覗き込んでくる。
 慌てて水の魔力で水を出し、化け物の血肉を洗い流そうとする。でも、あの血肉の感触と生暖かさは消えない。──それがまた、吐き気を催させてきた。

「ったく、助けてやったのに……吐いてばかりで礼の一言もないのか、おまえ達は」

 あの女なら、平然とした顔で礼を言うんだがな。と、彼はあたしの知らない誰かと比較して、失望からか小さくため息をつく。

「てめぇ……ッ! 戦えないくせに余計な真似ばかりして! ミシェルが化け物の毒とかに汚染されたらどうするつもりなんだよ!!」
「俺は戦えないんじゃなくて、戦わないんだよ。聖職者が傍にいるのに自ら進んで力を使う吸血鬼(かいぶつ)がどこにいる?」
「ッ! この……っ、人でなしが……!!」
「何を今更。俺は人ではない、吸血鬼だぞ? 人間らしさを求められても困る」

 血走った目でアンヘルを睨み、威嚇で喉を鳴らす犬のように、ロイは怒りの息を漏らす。
 アンヘルは吸血鬼で──あたし達の所属している国教会は、吸血鬼を異端だと決めつけ、何度も排除しようとしてきたのだ。
 その歴史を示唆するように、アンヘルはせせら笑う。

「まあでも、おまえ達は顔見知りだ。だから助けてやった。普段の俺ならばまず見殺しにしただろうが──……」

 そこまで言って彼は、はたと目を丸くする。

「────」

 十数秒の沈黙ののち、アンヘルは驚いた様子で口元を手で覆った。

「……普段? 違う、ちがう。俺の普通はこうではない。たとえ覚えていなくとも、こう(・・)ではないのは確かだ。じゃあどうして俺は変わった? 俺が普通を失った原因は、いったいなんだ────?」

 日記……そうだ日記を読めば! と捲し立て、アンヘルはその背に蝙蝠のような翼を出現させた。
 ついにアンヘルまでおかしくなってしまった──。
 そんな戸惑いから、彼を止める事も出来ないまま立ち尽くしていると、

「墜ちなさい」
「……ッ!?」

 羽ばたこうとするアンヘルを、モグラ叩きのように誰かが押さえ込んだ。
 目にも止まらぬ速さで、轟音を奏でつつ地面に叩き落とされたアンヘルは、土煙を掻き分け、破砕された石畳を手で払いながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。

「ぐ……っ、おまえ、何しやがる……!!」

 よろめきながら立ち上がったアンヘルは、傍から見ても分かるぐらい──頭蓋が、陥没していた。それを見て短く悲鳴が漏れ出るも、当のアンヘルは自力で立ってみせる。
 だが、彼の体は……頭から血が流れ出て、心なしか首も短く、体じゅうの節々はあらぬ方向へと折れ曲がっている。

「……なんで、立てるんだよ……」

 ロイが青い顔でボソリと呟く。
 吸血鬼故の異常な姿に、あたし達は震える息を呑んだ。