「恐らく、あの角を曲がれば件の媒体が見えるだろう。だが、決して直視してはいけない。たとえ妖精を殺せたとしても、奇跡をどうにかする力など俺には無い。だからどうか、自我は自らの手で守ってくれ」
フリザセアさんの忠告を受けつつ、私達は曲がり角に差し掛かる。しかしその瞬間、何かから逃げるように穢妖精が飛び出してきた。
とにかく凍結しようとしたのだが、
「──ッ止まれ!!」
血が通っているようには思えない冷たい手が、私の体を無理矢理後方へと押し戻した。刹那、目を焼かれてしまいそうな程の閃光が、視界を包み込んだ。
それと同時に全身が痺れるような感覚に陥る。
「っ、ぅ……!」
「大丈夫か、姫! まさかあれ程の雷を操れる人間がいるとは……エレノラ並ではないか……!」
水の魔力を持つ人間は、雷の魔力を持つ者に近づくだけで感電する恐れがある。故に、雷魔法を近くで使う者がいたならば──今すぐその場から離脱するべし。さもなくば、その命が失われる可能性もじゅうぶんある。
魔法の授業でそう聞いていたが、私の知る雷の魔力──……マクベスタの魔法は、不思議なぐらい危険がなかった。だから正直、油断していた。
「大丈夫、です。まだ少し手足が痺れてるけど、戦闘に支障はきたしません」
瞬く間に灰になった穢妖精を乗り越え、角を曲がる。
「…………────っ!」
そこには、彼女がいた。
誰よりも美しく、愛らしく、そして眩い人。
思わず触れたくなるような金色の髪と、澄み切った青空のような水色の瞳。そしてこの世すべての人から愛される為に生まれたかのような、愛らしさの象徴のごとき顔。
「ミシェル、ちゃん」
ずっとずっと会いたかったこの世界の主役が、目の前に、いる。
「──えっ、なんでアミレスがここに?!」
予想外の人物に驚くのも束の間。ミシェルちゃんの鈴の鳴るような声で紡がれた言葉に、耳を疑う。
その言葉はまるで、この場にアミレスがいる事を不審に思う──この世界の正しい在り方を知る者のそれのよう。
「チッ……! アミレス、どうしてこの場に……!!」
カイルが焦燥に焼かれた顔で舌打ちをする。
「──あんた、は」
マクベスタが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……誰、だったか」
アンヘルが興味無さげに一瞥してくる。
「ミシェル、あの人知り合い? そんなことないよね、だっておれ知らないもん」
ロイがミシェルちゃんに問いかける。
「────っ」
セインカラッドが目を見開き大きく息を呑む。
その時、私は何かを察してしまった。受け入れたくない。認めたくない。信じたくない。でも、無情にもその予想は現実となる。
「なんで、なんでっ!? ここでアミレスが出てくる訳ないのに! 何がおかしいの、何を間違えちゃったの?! アミレスが出てくるってことは、あたし──殺されちゃうの……?!」
……──彼女は、転生者だ。
それもこの世界が『アンディザ』の世界だと知るタイプの。そしてこの世界は、やはり…………彼女の為にあるらしい。
ゲームが始まった事により、恐れていた事態、強制力が発動したのだろう。この世界は、在るべき姿を取り戻そうとしているんだ。
「────ミシェルが、殺される?」
誰かは分からない。ただ、攻略対象のうちの誰かがそう呟いた瞬間。
凄まじい静電気を撒き散らしながら、マクベスタが目と鼻の先まで接近し、私を地面へと押し倒した。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ぁッ!?」
押さえつけられた肩が焼けるように熱い。そこから全身へと麻痺が伝播してゆき、同時に身を貫くような激痛が血流に乗って身体中を駆け抜ける。
「姫!!」
「アミレス!」
「王女様!!」
フリザセアさん達が助けようとしてくれたが、マクベスタが引き起こした落雷によって阻まれる。
「……アミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下。あんたは、ミシェル嬢を殺すのか? そうだと言うのならば、オレはここであんたを殺してでも阻止する」
馬乗りになり、底知れない闇を内包する瞳で侮蔑するようにこちらを見下ろしてくる。その顔も、声も、何もかも全て──私の知らないマクベスタだった。
「ちが、そんなつもり、は……っ! ね、ねぇ、私のこと忘れちゃったの? なんとか言ってよ、マクベスタ」
まるでゲーム通りの攻略対象のよう。他の皆もそうだ。この世界に生きている本物の彼等とは違う、乙女ゲームのキャラクターとして設定された彼等になってしまっている。
「ふざけた弁明だな」
……私、これからマクベスタに殺されちゃうのかな。
こんなの身勝手だって分かってる。叶えちゃいけない願いだって本当は分かってる──でも、嫌なものは嫌だ。死にたくない。私はもっと生きていたい。皆ともっと、ずっと一緒にいたい!
「っやだ……! 殺されたく、ない……っ!!」
心優しい、貴方にだけは。こんな私を好きだと言ってくれた優しい貴方の、足枷になるような事はしたくない。
視界が揺らぐ。私の知る彼等がいなくなってしまった恐怖と、大事な人達から忘れられてしまった恐怖、そして死の恐怖に、私はまた泣いてしまったようだ。
「────っ!? 泣く、な……頼む、泣かないでくれ。オレは、お前の、涙だけは…………っ」
沈痛な面持ちで涙声を漏らしたかと思えば、その直後、カイルがマクベスタの襟首を引っ張って彼を放り投げた。
助けてくれた? と思うも、彼等は攻略対象──ミシェルちゃんを愛する存在なのだと、無理矢理思い出させられる。
「まったく、一国の王子ともあろう男が何を手間取っているのやら。ローゼラ嬢が身の危険を感じたのならその芽を早々に摘むべき。そうだろう?」
「……じゃあなに、おまえがその女を殺るってこと?」
「ああ。任せてくれ」
ロイとのやり取りを終え、カイルが静かにこちらを見下ろす。その手にサベイランスちゃんはなく、代わりに見慣れない銃が握られていた。
「そういう訳だ。大人しくしろ、アミレス・ヘル・フォーロイト」
銃口と目が合うと同時に引き金に指がかかる。
『──────』
僅かに動いた彼の唇に意識を取られる。しかし、銃を撃たれるよりも先に、カイルは氷の剣と闇の波動で五十メートル程遠くまでふっ飛ばされた。
フリザセアさんの忠告を受けつつ、私達は曲がり角に差し掛かる。しかしその瞬間、何かから逃げるように穢妖精が飛び出してきた。
とにかく凍結しようとしたのだが、
「──ッ止まれ!!」
血が通っているようには思えない冷たい手が、私の体を無理矢理後方へと押し戻した。刹那、目を焼かれてしまいそうな程の閃光が、視界を包み込んだ。
それと同時に全身が痺れるような感覚に陥る。
「っ、ぅ……!」
「大丈夫か、姫! まさかあれ程の雷を操れる人間がいるとは……エレノラ並ではないか……!」
水の魔力を持つ人間は、雷の魔力を持つ者に近づくだけで感電する恐れがある。故に、雷魔法を近くで使う者がいたならば──今すぐその場から離脱するべし。さもなくば、その命が失われる可能性もじゅうぶんある。
魔法の授業でそう聞いていたが、私の知る雷の魔力──……マクベスタの魔法は、不思議なぐらい危険がなかった。だから正直、油断していた。
「大丈夫、です。まだ少し手足が痺れてるけど、戦闘に支障はきたしません」
瞬く間に灰になった穢妖精を乗り越え、角を曲がる。
「…………────っ!」
そこには、彼女がいた。
誰よりも美しく、愛らしく、そして眩い人。
思わず触れたくなるような金色の髪と、澄み切った青空のような水色の瞳。そしてこの世すべての人から愛される為に生まれたかのような、愛らしさの象徴のごとき顔。
「ミシェル、ちゃん」
ずっとずっと会いたかったこの世界の主役が、目の前に、いる。
「──えっ、なんでアミレスがここに?!」
予想外の人物に驚くのも束の間。ミシェルちゃんの鈴の鳴るような声で紡がれた言葉に、耳を疑う。
その言葉はまるで、この場にアミレスがいる事を不審に思う──この世界の正しい在り方を知る者のそれのよう。
「チッ……! アミレス、どうしてこの場に……!!」
カイルが焦燥に焼かれた顔で舌打ちをする。
「──あんた、は」
マクベスタが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……誰、だったか」
アンヘルが興味無さげに一瞥してくる。
「ミシェル、あの人知り合い? そんなことないよね、だっておれ知らないもん」
ロイがミシェルちゃんに問いかける。
「────っ」
セインカラッドが目を見開き大きく息を呑む。
その時、私は何かを察してしまった。受け入れたくない。認めたくない。信じたくない。でも、無情にもその予想は現実となる。
「なんで、なんでっ!? ここでアミレスが出てくる訳ないのに! 何がおかしいの、何を間違えちゃったの?! アミレスが出てくるってことは、あたし──殺されちゃうの……?!」
……──彼女は、転生者だ。
それもこの世界が『アンディザ』の世界だと知るタイプの。そしてこの世界は、やはり…………彼女の為にあるらしい。
ゲームが始まった事により、恐れていた事態、強制力が発動したのだろう。この世界は、在るべき姿を取り戻そうとしているんだ。
「────ミシェルが、殺される?」
誰かは分からない。ただ、攻略対象のうちの誰かがそう呟いた瞬間。
凄まじい静電気を撒き散らしながら、マクベスタが目と鼻の先まで接近し、私を地面へと押し倒した。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ぁッ!?」
押さえつけられた肩が焼けるように熱い。そこから全身へと麻痺が伝播してゆき、同時に身を貫くような激痛が血流に乗って身体中を駆け抜ける。
「姫!!」
「アミレス!」
「王女様!!」
フリザセアさん達が助けようとしてくれたが、マクベスタが引き起こした落雷によって阻まれる。
「……アミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下。あんたは、ミシェル嬢を殺すのか? そうだと言うのならば、オレはここであんたを殺してでも阻止する」
馬乗りになり、底知れない闇を内包する瞳で侮蔑するようにこちらを見下ろしてくる。その顔も、声も、何もかも全て──私の知らないマクベスタだった。
「ちが、そんなつもり、は……っ! ね、ねぇ、私のこと忘れちゃったの? なんとか言ってよ、マクベスタ」
まるでゲーム通りの攻略対象のよう。他の皆もそうだ。この世界に生きている本物の彼等とは違う、乙女ゲームのキャラクターとして設定された彼等になってしまっている。
「ふざけた弁明だな」
……私、これからマクベスタに殺されちゃうのかな。
こんなの身勝手だって分かってる。叶えちゃいけない願いだって本当は分かってる──でも、嫌なものは嫌だ。死にたくない。私はもっと生きていたい。皆ともっと、ずっと一緒にいたい!
「っやだ……! 殺されたく、ない……っ!!」
心優しい、貴方にだけは。こんな私を好きだと言ってくれた優しい貴方の、足枷になるような事はしたくない。
視界が揺らぐ。私の知る彼等がいなくなってしまった恐怖と、大事な人達から忘れられてしまった恐怖、そして死の恐怖に、私はまた泣いてしまったようだ。
「────っ!? 泣く、な……頼む、泣かないでくれ。オレは、お前の、涙だけは…………っ」
沈痛な面持ちで涙声を漏らしたかと思えば、その直後、カイルがマクベスタの襟首を引っ張って彼を放り投げた。
助けてくれた? と思うも、彼等は攻略対象──ミシェルちゃんを愛する存在なのだと、無理矢理思い出させられる。
「まったく、一国の王子ともあろう男が何を手間取っているのやら。ローゼラ嬢が身の危険を感じたのならその芽を早々に摘むべき。そうだろう?」
「……じゃあなに、おまえがその女を殺るってこと?」
「ああ。任せてくれ」
ロイとのやり取りを終え、カイルが静かにこちらを見下ろす。その手にサベイランスちゃんはなく、代わりに見慣れない銃が握られていた。
「そういう訳だ。大人しくしろ、アミレス・ヘル・フォーロイト」
銃口と目が合うと同時に引き金に指がかかる。
『──────』
僅かに動いた彼の唇に意識を取られる。しかし、銃を撃たれるよりも先に、カイルは氷の剣と闇の波動で五十メートル程遠くまでふっ飛ばされた。

