だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

 シルフ達から離れて、かれこれ十分ぐらい経った。
 その間、アルベルトのものと思しき闇魔法が何度か街中に展開されていたものの、私は穢妖精(けがれ)を殺すべく常に移動していたのでそれがなんの魔法なのか推察する余裕はなかった。

 絶対零度を乱用していた時程ではないが、酸性雨を降らせるのもまあまあ疲れる。でも休んでる暇はないからアマテラスを片手に走り回っていると、

「ちょっ──……そういうのありぃ!?」

 なんと、目の前の穢妖精(けがれ)達が合体してしまった。合体というより融合と言った方が正しいか? いやそんな事を言ってる場合じゃない。とにかく、十体近い穢妖精(けがれ)が一つになり巨大な穢妖精(けがれ)となってしまった。
 流石に、これを一人で殺すのは難しかろう。凍結させるだけならまだしも、その前に必要な過程(プロセス)──奇跡力の分散を行う余裕がない。
 どうしたものか。誰かを頼るべきなんだろうけど……今は、誰とも顔を合わせたくない。

 さてどうしたものか。私一人ではこいつを倒すのは相当骨が折れる。かと言って、今下手に誰かと会うと……きっと私は感情を抑えられなくなる。恐らくだが泣き喚き醜く縋ってしまうだろう。そんな惨めな一面を知られた日には、見限られること間違い無しだ。
 そうなれば──いよいよ、私は気が狂ってしまうだろうな。

「……こういうことなんだろうな。あのひとが言ってた、『大事な人がいない方が幸せな事もある』っていうのは」

 この世界でアミレスとして生きていくうちに大事な人がたくさん出来てしまったから、私はこんなにも臆病になった。
 独りぼっちが辛くなったのも、置いていかれることが寂しくなったのも、失うことが怖くなったのも──全部、皆と過ごした日々がかけがえのない大事なものだからだ。

「──その涙の理由を聞いても良いか、姫よ」

 俯きながら体側の拳を震えさせていると、吹き荒れる冷気と共に低く落ち着いた美声が降ってきた。
 おもむろに顔を上げると、青銀の長髪を靡かせる美丈夫がじっとこちらを見下ろしていて。その肩の向こうには氷漬けになった巨大穢妖精(けがれ)が見える。
 ……誰が穢妖精(けがれ)を氷漬けに? ──いや、分かりきった事を。あれは確実に、この人の仕業だ。

「え、と……私、今泣いて……るんですか?」

 言われてみれば、何かが頬を伝う感覚がある。誰かと会えば泣いてしまうと思っていたが、もう既に泣いていただなんて。……我ながら情けないな。

「ああ。とても美しい涙ではあるが、俺としては君が悲しむ姿を好んで見たいとは思わん。故に、俺にその涙を拭う許可をくれないか」
「これぐらい、自分で拭えます、から……」
「そうか。そもそも、俺が触れては涙が凍ってしまうかもしれないからな……差し出がましい真似をした。許してくれ、姫」

 小さく微笑み、彼は私の髪を一房摘んでそっと口付けた。
 誰なんだ、この人。──人間ではないだろうけど。
 だって彼は、間違いなく氷を操った。彼の背後に見える氷塊がその証明となるだろう。そして、この美丈夫の瞳。シルフや師匠、これまでに会ったことのある精霊さん達と同じ──ひし形の瞳孔だ。
 つまり、この男性は。

「……あの。氷の精霊さん、ですよね。そんなヒトがどうしてここに……そもそも、私に何の用ですか?」

 精霊ならば、この圧倒的な力と美貌にも頷ける。だがしかし……彼が本当に精霊だったら、何故ここに突然現れたのかという疑問が残るのだ。

「よく分かったな。俺はフリザセア──氷の精霊だ。気軽にフリザセアと呼んでくれ」
「えっと……」

 質問に答えて欲しいところなのだけど…………フリザセアさんの期待に満ちた視線が熱い。これは、先に彼の要望を叶えた方がいいのかもしれない。

「……フリザセアさん」
「ふふ、なんだ?」

 微笑みがとても眩しい。

「話は戻りますが、貴方はどうしてここに?」
「これに答えたならば俺の質問にも答えてくれると信じて答えようか。──まあ、いわゆる仕事だ。俺達の王が妖精を殺せと仰せでな」
「王……つまり、精霊王ですか?」

 魔界の魔王、妖精界の妖精女王のように、精霊界にも統治者がいる。それが精霊王らしい。

「そうだ。仕事が終われば君に会いに行こうと思っていたのだが……まさか仕事中に会えるとは。これは僥倖と言えよう」
「私に会いに──?」

 初対面の精霊さんが私に会いに行こうとしてたですって? なんで?

「ああ。君は氷の(あの)血筋に生まれながらも氷の魔力を持って生まれなかっただろう。それが、氷の魔力を管理する精霊としてどうにも気がかりだったんだ。もう一人問題の人物がいないこともないんだが、あっちは……俺の管轄を超えてしまってな」

 アミレスは何故か氷の魔力を持って生まれなかった。それを、精霊さんなりに気にしてくれていたらしい。

「とにかく。君は俺にとって可愛い孫娘のようなものだ。にもかかわらず、何らかのトラブルで本来君に与えられるべきものを与えられなかった。その事について、まず謝罪させてくれ」
「っ!? あ、頭を上げて下さい!」
「しかし……エンヴィーから話は聞いている。君は、氷の魔力を持たない事で理不尽な迫害の対象とされていたのだろう。ならばそれは管理者である俺の責任だ」

 フリザセアさんは頑なに頭を下げ続ける。
 理不尽な迫害って……師匠はいったいどんな風に私の事を話したんだ!?


♢♢♢♢


「……──つまり、君は友人に嫌われる事が怖くてそれを想像して泣いていたと。この解釈で相違ないか?」
「…………はい。間違い無いです」

 あの後数分間に渡り、私は泣いていた理由の説明を求められた。
 私自身泣いている自覚がなかったのに、その理由を説明するなんて難しすぎる。すごく大変だった。そして恥ずかしかった。穴があったら入りたい。

「そして今、叶うなら誰にも会いたくないと思っている。これも相違ないか」
「はい……」

 まるで尋問のよう。視線と声が柔らかいからまだただの質疑応答なのだが、彼の佇まいが美しく表情があまりにも真剣だから、尋問されているのかと錯覚する。

「ふむ……ちなみに、陛──シルフ様が君を捜しているようなのだが」

 Heyシルフ? ……シルフと仲良いのかな。そりゃそうだよね。たかだか数年一緒にいる私よりも、何百年と一緒にいる精霊さん達の方が仲良いに決まってるよね。
 何故か、胸がちくりと痛む。

「って、シルフが私を捜しているんですか?」
「そりゃあもう、すっごーく捜しているとも」
「そうなんですか……」

 出来れば会いたくないんだけどな。と醜い感情がふっと沸いた時、

「──よし。逃げようか」
「え?」

 フリザセアさんが驚きの提案をする。