だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

 前略、お兄さん。
 あたし、夢の逆ハーレムエンドを達成出来るかもしれません!

 最推しのフリードルが仕事だからってすぐどこかに行っちゃったけど、そこはまあ、解釈一致だから良しとしよう。
 離れる時にニッコリ笑って頭も撫でてくれたもんねーっ! ふふふっ、本当にゲームのフリードルとミシェルみたいだったな〜〜!
 アンヘルもさっきからずっと甘々だし、カイルもとっても紳士的だし……乙女ゲームプレイヤーなら一度は夢見ると噂の逆ハーレムとはこれ程のものなのか。とずっと口角が上がりっぱなしだった。

 このままずっと一緒にいたかったけど流石に帰らないといけない。あんまり遅くなるとロイが心配するからね。セインもきっと怒るだろうし。
 だからカイルとアンヘルに見送ってもらおうとしたのだけど、まさかミカリアとマクベスタにも数日ぶりに会えるだなんて!

 カイル達と同じように、ミカリアとマクベスタもゲームで見た通りになった。予想していた通り、ゲームが始まれば皆がゲーム通りにミシェル(あたし)を愛してくれるようになるんだと確信した。
 これからはどんどんイベントを起こして、どんどん皆の好感度を上げよう! そしたら──もっともっと皆があたしを愛してくれるはずだから。

「そうと決まれば、また今度街に行かないと。確か街での慈善活動でフリードルに少しだけ認められるようになるんだよね……スラム街みたいな所に行けば、効率よく沢山の人を助けられるかな?」

 確かこのイベントは共通ルートのもので、ゲームだとマクベスタが護衛として一緒に来てくれるのだ。
 その途中、スラム街でちょっとした事件が起きて、その時の選択肢によってフリードルとマクベスタの好感度をどちらか片方だけ上げられる。
 フリードルの好感度を上げる為にも、そのイベントを起こさねば。だから可能な限り前提条件を同じにすべく、マクベスタに護衛をお願いして……ロイとセインはいない方がいいかな? でもロイはちょっと置いていっただけで凄く拗ねてたし……ロイぐらいなら、別にいても平気かなぁ。

 ぐぬぬぬぬ……! 難しい! 攻略本とかないのかなぁ〜〜!
 ないよね、だって乙女ゲームだもん。あっても攻略サイトが精々だーってお兄さんも言ってたよ。『発売から数日で全ルートぶんの分岐回収選択肢まとめてる人って何者なんだろうな』って。

「……そういえば。フリードルのルートで何回も出てきたのに、レオナードは特にいなかったような……どこに行ったら会えるんだろう」

 彼はとても優しくて、実際にこんなお兄ちゃんがいたらきっと……酷い母親からの虐待からも守ってくれるんだろうなあ、と密かに憧れを抱いていた。
 だから個人的にとても会いたいんだけど、フリードルの傍にいないのなら彼に会う方法が分からない。

「あ〜〜もうっ、分からないことだらけじゃんかぁ」

 ぼふんっ。とベッドに体を預け、枕に顔を埋める。

「……でも、きっとなんとかなるよね。だってあたしはミシェル・ローゼラだもん」

 近頃、世界はあたしの望むままにあると、そんな馬鹿げた考えに至る。だけどあながち虚言ではない気もするのだ。
 だって、あの日……よく分からない人達に会ったあの夜から、あたしは──出会う人全てに優しくされ、蝶や花のように大切にされているから。
 この世界の中心がまさしく自分であると錯覚するにはじゅうぶんすぎる事態。
 あたしの望むままに、世界が変わっていく。それはなんて──胸が躍る展開なのだろうか。

「よーし! 目指せ、ハッピーエンド! あたしだけの最高のハッピーエンドを作っちゃうぞ! おー!!」

 勢いよく起き上がり、天に向けて拳を突き上げる。
 まだまだあたしの戦いは続く。夢の逆ハーレムエンド目指して頑張るぞ!!
 ……──だから、お兄さんもどこかで応援していてください。かしこ。


 ♢♢


「──おまえ、神殿都市でずっとミシェルのこと見てた奴だろ。今になって急に姿を見せるとか、何企んでるんだ?」
「……何って、別に、ただ彼女の役に立ちたいと思っただけだよ」

 深夜。真珠宮裏側の庭園。
 おれは、ようやくしっぽを出した不審者を追い詰め、石畳に押し倒し拘束する事に成功した。
 黒い髪に灰色の目の司祭──そんな人間、今回の親善交流とやらのメンバーにはいなかった。おれは馬鹿だけど、人の顔を覚えるのは得意だからこれは間違い無い。

「はんっ、ミシェルのことを嗅ぎ回ってた奴がミシェルの役に立ちたいとか、図々しいにも程があるだろ。殺されたくないなら、失せろ不審者」

 脅しついでに火の剣を構えた途端、不審者はニヤリと笑った。

「殺す? ……君が、僕を? ふ、あははっ! ──やれるもんならやってみろよ」
「っ!!」

 完全に押さえつけていた筈なのに、不審者は体を捻り跳ねさせて、いとも容易くおれの拘束から逃れた。その身軽さ、一介の司祭ではまず有り得ないもの。
 身のこなしが完全に戦闘職についている人間のそれだ。
 いったい何者なんだ、この男は。

「あーあ。こんなつもりじゃなかったんだけどなあ。大人しく彼女を見守り続けようと思ってたのに、君みたいな雑魚が彼女の周りを無駄にうろちょろしてるから、ついつい口を挟んじゃったじゃないか」
「……あ?」
「あれ、分からない? 番犬気取りの負け犬くんはさっさと鳴きながらお家に帰りなよ。わんっ♪」

 心底人を馬鹿にしたような口調。そして、露骨に浮かぶ嘲笑。

「っ、人格破綻者がミシェルに近づくな……!」
「失礼だなぁ。僕はちゃんとした人間だよ? ただ、猫かぶりが人より上手なだけの、ね」
「〜〜〜〜っぐ、ぁ!?」

 一瞬で間合いを詰められた。腹に叩き込まれる重い一撃に、赤い何かが口から零れ落ちた。
 あまりの痛みに地面に蹲るおれを、男は屈んで気だるげに見下ろしてくる。

「こんな僕をミシェルさんや兄ちゃん達に見られたら、どう思われるかなぁ……嫌われちゃうかな? ま、見せなきゃいいだけの話か」

 独り言をぶつぶつと呟き、男は闇の中に消えていった。──文字通り、闇に包まれて風に吹かれるように消えたのだ。
 掠れる視界のなか黒と白の姿を最後に見て、そこでおれの記憶は寸断された。