だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

「──ハミルディーヒの代表がよりにもよって貴様だとはな、塵芥(ゴミ)男……」
「あ、フリードルさんじゃないっすか〜〜! どーも、不燃ゴミですっ☆」
「チッ」

 カイル達が歓談していたところ、仏頂面を引っ提げてフリードルが登場する。
 とにかくカイルを嫌うフリードルが相変わらずの悪口雑言を口にするも、アミレスの信者達から辛辣な態度を取られ続けているカイルには通用しない。
 前世でも女性関連で散々な目に遭っていたカイルが慣れた様子でおちゃらけると、フリードルは苦虫を噛み潰した顔で鉄を弾いたような舌打ちを奏でた。

「なぁ、皇太子」

 あの舌打ちを聞いておきながら、アンヘルはフリードルに話を振った。そして相手が相手だからか、冷気(ふきげん)を溢れ出させる男も冷静に対応する。

「どうした、デリアルド伯爵」
「王女様も来るんだろ? もう食事会も始まるのにまだ姿が見えないが、どうかしたのか」

 口の周りのクリームを舌で舐め取り、アンヘルは淡々と疑問を投げ掛けた。
 すると男達の顔色がガラリと変わりその視線は会場へと向けられる。しかし、会場のどこにも彼女の姿はない。
 そんな彼等の行動を見てアンヘルが「だからいないって言っただろ」と小声で零したが、アミレスの不在に戸惑っている男達には届かない。

「アミレスはまだ来ていないのか。真面目な彼女にしては珍しい……」
「だが、この場にいると神々の愛し子と顔を合わせる必要がある以上、遅れてくれた方がこちらとしては都合がいい」
「そうですね。始めから会場にいるとなると、どうしても言葉を交わす機会が増える。遅れる事で彼女と神々の愛し子との接触を減らせるのは、色良い展開と言えるだろう」

 マクべスタとフリードルは示し合わせたかのようにこれを好機と捉える。
 一足先に件の少女と対面した、二人の愛が重い男は──……アミレスを極力神々の愛し子(ミシェル・ローゼラ)と接触させまいとしていた。
 それはひとえに、彼女の身を案じてのこと。自身を書き替えられるような正体不明の苦痛を、アミレスには味わって欲しくないと思う──彼等なりの気遣いであった。

(おかしいな……アミレスはミシェル推しだから、推しと会えるこの機会を逃す筈はないと踏んでたんだが……)

 実際、アミレスはとても張り切っていた。
 緊急事態さえ発生しなければ、とっくにこの場にいたことだろう。

(腹でも壊したのか……? 後で見舞いに行こう)

 腹にいいモンでも買って行くかー。とカイルが食事会後の予定を組み立てていた時、「フリードル殿下!」と声を上げ、ケイリオルが駆け寄ってきた。

「どうかしましたか、ケイリオル卿」
「実は──何やらトラブルがあったらしく、王女殿下は今日の食事会を欠席するとの事で……」
「……なんだって?」
「「えっ」」

 まさかの連絡にフリードルは顔を顰め、カイルとマクべスタは揃って目を丸くした。

「おい布野郎、王女様が欠席ってどういう事だ?」
「それが、(わたし)も詳しくは聞けてないのです。言伝に来た者も焦った様子で、『主君は街で起きたトラブルの対処に向かったので食事会は欠席します』──と言い捨ててすぐに姿を消したので」
「つかえねーやつ」
(わたし)に文句を言われましても……」

 アンヘルからの理不尽な罵倒に、さしものケイリオルも困惑する。

「……まさか欠席とはな。これも僥倖と捉えるべきか、なぁ、マクべスタ・オセロマイトよ」
「…………そういうことにしておいた方がよいかと」
「そうさな。──まったく、皇族ともあろう者が直前になって欠席とは……責任感が足りてないのか、あの女は」

 正当な理由で妹に会える機会を失いぶつぶつと文句を垂れる面倒臭い男の隣で、マクべスタは密かに気を滅入らせていた。

(……そうか、アミレスは来ないのか。張り切っていると聞いたから、会うのを楽しみにしていたんだがな)

 自身のお洒落までもが水の泡となった事を悟り、彼は静かに瞳を伏せる。
 ──その直後。会場の扉の中で一番大きなものがおもむろに開かれた。そこから列を生して入室するのは、純白の男を先頭とする白い祭服を身に纏う集団。
 此度の親善交流の主役達が、ここに集結した。

「……──改めまして、この度交流を申し出てくれたフォーロイト皇室に感謝を。僕は国教会が指導者、ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。親善使節を代表し、皆さんに祝福を送りましょう。……これをもって、挨拶代わりとさせてもらうよ」

 ミカリアが完璧な微笑(アルカイックスマイル)を浮かべると、会場のあちこちから惚けた息の音が聞こえてくる。

(ところで、姫君はどこだろう。彼女もこの交流の関係者なのに……どうして昨日から姿が見えないんだ? 姫君に会えると思って、今日は念入りに身嗜みを整えてきたのに)

 乙女のような男はここにもいた。

「ようこそフォーロイト帝国へ。歓迎しよう、国教会の信心深き者達よ。貴殿らの巡礼の旅が実りあるものとなる事を願い、その始まりに相応しい美食の数々を用意した。是非とも、ここで英気を養ってくれたまえ」

 そういう台本でもあるのか、フリードルは心にもない言葉をスラスラと吐く。腐っても次期皇帝──、この手のリップサービスはお手の物らしい。
 氷結の貴公子直々に歓迎された事から、親善使節となった司祭や司教は肩の力を抜き、早速立食パーティーに参加しはじめた。帝国側の参加者でもある貴族達とも言葉を交わし、予想以上に食事会は上手く運びそうであった。
 ──ごく一部の者達を除いて。

(なっ──……なんでここにロイとセインまでいるんだ!? いくら俺達が前提変えまくったからって、流石におかしいだろ! なんでいる筈のない人間がこんなにいて…………っ、いや、それはもうどうでもいい。なんで────攻略対象が(・・・・・)全員揃ってる(・・・・・・)んだよ!?)

 乙女ゲーム【Unbalance(アンバランス)Desire(ディザイア)】、その二作目(ファンディスク)における八人の攻略対象。

『運命に見放された神の傀儡』
 ────“カイル・ディ・ハミル”

『狂気を孕む献身的な幼馴染』
 ────“ロイ”

『後悔と消失を恐れる復讐者』
 ────“セインカラッド・サンカル”

『喪失感に縛られた諜報員』
 ────“サラ”

『呪われし厭世の吸血伯爵』
 ────“アンヘル・デリアルド”

『絶対零度の非情な皇太子』
 ────“フリードル・ヘル・フォーロイト”

『剣に全てを捧げし亡国の王子』
 ────“マクベスタ・オセロマイト”

『清廉潔白なる人類最強の聖人』
 ────“ミカリア・ディア・ラ・セイレーン”

 その全員が、ゲームとは違う形で成長し、そしてこの場に揃った。