だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

(──俺、なんでこんな所にいるんだろ)

 ある日の夕暮れ時。
 カイル・ディ・ハミルは、皿に盛られたステーキ肉を頬張りよく味わった後に飲み込んでは、その香りが乗った息を大きく吐き出した。
 そこはフォーロイト帝国が王城にある広間。いくつものテーブルが等間隔に置かれ、その上には美食の数々が所狭しと並ぶ。
 そう、これなるは親善交流における一つ目のイベント。
 歓迎の意を込めた食事会──という名の立食パーティー。それがこの催しである。
 ここには、信心深い帝国貴族達や他国からの貴賓、そして帝国側の本交流の責任者達などが集まっていた。
 どうやらこの男もその一人のようで。

(兄貴に頼まれなかったらこんな場所来なかったっつの……てかこの肉マジでうめぇ。おかわりしていいかな)

 嫌々来たとばかりの表情を作る割に、この男、しっかりと立食パーティーを楽しんでいる。
 何を隠そう、カイルは兄でありハミルディーヒ国王でもあるキールステンより、神々の愛し子(ミシェル・ローゼラ)の祖国の代表者としてこの交流に関わるよう言いつけられていたのだ。
 その為、本来この場にいる筈のないこの男が、こうして立食を楽しんで気を紛らわす羽目になったのである。
 もぐもぐと、彼が頬を垂らしながら美食を堪能していると、

「やっと見つけたぜ、変人王子」
「んぐっ! アンヘル?! なんでここにいんの!?」

 正装に身を包んだアンヘルが、息苦しそうに胸ぐらを弄りながら現れた。
 思いもよらぬ人物の登場に、カイルは食べていた肉を喉に詰まらせかける。慌てて危機を脱し、彼はアンヘルに問う。

「いやっ、マジでなんでいるんだよアンヘル……お前関係ないじゃん……」
「おまえの兄から頼まれたんだよ。弟だけじゃ心配だから、俺も代表者になれってな。聖職者が集まる場所に吸血鬼を寄越すとか愚鈍の極みだろ」
「なんか申し訳ございません」

 アンヘルは分かりやすく不機嫌だったのだが、その後ふと立食の中のスイーツゾーンを発見し、目にも止まらぬ早さで彼は姿を消した。
 そしてカイルの元にとんぼ返りしたかと思えば、その手には山盛りのスイーツが。それらの甘い力によってアンヘルの機嫌は回復し、カイルはほっと胸を撫で下ろした。

「新しいワインはいかがですか?」
「ああどうも。赤はあります?」
「はい、こちらに。お連れ様のぶんもどうぞ」
「ありがとうございます」

 眼鏡をかけた給仕が、カイルとアンヘルのグラスが空になっていた事に気づき、自然とグラスを交換する。
 給仕が傍を離れると彼等は赤ワインに喉を鳴らした。

「気が利く給仕がいたもんだ。ここのワインはスイーツともよく合う」
「よく俺達のグラスが空になったのに気づいた……な……」

 給仕の仕事ぶりを思い返したカイルの表情が、僅かに固まる。

(んんー? さっきの給仕の声……そういえばなんかすげぇ聞き覚えがあるような……)

 記憶を探り、カイルは一つの答えに辿り着いた。

(あ、サラだ。あの穏やかナチュラルイケボはサラの声優の──……ってぇええええ?! サラ?!)

 慌てて先程の給仕を目で追う。会場中をぐるりと見渡し、ようやく捉えたその姿を穴が空く程見つめる。
 後ろに流された艶のある黒髪に、分厚い眼鏡。給仕の横顔を見て、カイルは確信した。

(間違いない、アイツはサラだ! 首元のドスケベセクシー黒子を見れたら確定出来るんだが、給仕ってだけにしっかり着込んでるからそれは難しいか……)

 悔しげに眉尻を下げ、また一口ワインを含む。

(つーか、サラが給仕の真似事をやってるってことはもしかして潜入捜査中ってこと? はぇ〜〜、アイツも大変だなぁ……)

 なんとも小並感溢れる感想である。
 そうして間抜けな顔でワインを嗜むカイルと、黙々とスイーツを堪能するアンヘルの元に、またぞろ一人の美男子が接近する。

「ハミルディーヒ王国の代表者も来るとは聞いていたが、まさかお前だったとは」
「マクべスタ! 今日も最高にかっこいいな!」
「そうか、ありがとう」

 正装に身を包んだマクべスタが現れると、カイルの機嫌が途端に良くなった。
 しかしマクべスタは相変わらずの塩対応。聞き慣れたのだろう、彼はカイルからの賛辞を軽く受け流した。

「お久しぶりです、デリアルド伯爵」
「あー……王女様の友達か。じゃあ久しぶりだな」

 アンヘルの暢気な言い回しにマクべスタは僅かに眉を顰め、

「はい。またお会い出来て光栄です」

 わざとらしい笑みを浮かべた。しかしその裏で、

(……──オレの影とは、そんなにも薄いのか)

 マクべスタは物憂げなため息を零す。
 彼等は何度か顔を合わせているし、言葉も交わしている。それなのに顔も名前も覚えられていない事に彼は驚いたのだ。

「てかさ、マクべスタったら今日はいつもより気合い入ってるみたいだけど……もしかして何かあったり?」
「なんだっていいだろう、別に」
「そんな返事じゃあ、何かあるって言ってるようなモンだぜ?」
「…………」

 推しカプの尊み(てぇてぇ)を察知したオタクが持ち前のスキルを活かして詰め寄ったところ、マクべスタは観念した様子で口を開いた。

「──今朝アミレスに用事があって東宮に行ったんだが、どうにも彼女はこの食事会の為にと念入りに準備しているらしくて……それで、結局ナトラから門前払いをくらったんだ」
「はっはーん? だから、アミレスが気合い入れてドレスアップするなら俺も! って思って実行に移したってわけか〜〜」
「……お前の想像に任せる」

 強引に話を切り上げ、マクべスタは通りすがりの給仕から白ワインを受け取った。
 その顰め面から彼が恥ずかしさを無理やり隠そうとしている事が見て取れる。その所為か、カイルはにんまりと満面の笑みを作り、そんな二人の様子を眺めていたアンヘルは星雲を携えた猫のような面持ちとなっていた。