だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

 今日は苦労をかけた──と部下を労うべく、アミレスは私兵団の連中(娘の世話があるとかで、クラリスとバドールは留守番している)と共に街の酒場に向かった。
 そこでイリオーデは久々の酒の席だからとディオ達からしこたま酒を飲まされ、ルティは『いい機会だ、サラの昔の話聞かせろ!』と同じくディオ達に絡まれている。
 ありゃ、今晩はアイツ等帰れねェだろうなァ。
 ふっと笑いつつ、庶民向けの発泡酒で喉を動かす。やはり酒はいい。酔うと、何も考えなくて済む。

 そんな風に、何やら落ち込んでいるアミレスの隣で酒樽を抱え込んでいたところ、その飲みっぷりからか周囲の注目を集めてしまったようだ。
 元より、アミレスがいる時点で視線は集まるのだが……いかんせん今日のコイツはいつも以上に身なりに気を使っている。
 ありふれた言葉で言い表すならば──可憐で、美しい。
 酒臭く汗臭い男共ばかりが集まるこの酒場に咲いた、一輪の白百合とでも表現しようか。とにかく高嶺の花なようで、こちらを窺うだけで男共は寄ってこない。チラチラと浮ついた目でアミレスを見つめる連中を目が合う度に睨んでいるので、その影響もあるかもしれないがな。

「しっかし……お前って本当に可愛いな。十把一絡げの淫魔なぞよりもずっと魅惑的だ」

 その横顔をじっと見つめながら口説き文句を呟くも、

「うわぁ、絡み酒だ……」

 この鈍感女にはまったく通じない。
 オレサマに口説かれてこの反応とか、マジでコイツの感性どうなってんだ? そんなに可愛い面のが好みなのか?
 ……試してみるか。

「えっ?!」

 その場で擬人化する。久々に人間(シュヴァルツ)に変身すると、アミレスは目を丸くして固まっていた。

「──こっちのオレサマは、どーお?」

 上目遣いでアミレスに問いかけると、

「も、もふもふだ……! 可愛いシュヴァルツの可愛いもふもふヘアーだ!」

 興奮した様子で、コイツはオレサマの髪を触りはじめた。
 思ってたのと違う。──けど、こうして頭を撫でられるのは……やっぱりいいな。コイツを傍に感じられて。
 でも、うん。この態度の変わりようはやはり気に食わない。悪魔(ヴァイス)の時もオレサマに構えよ。いくら可愛いからって人間(シュヴァルツ)にだけ構いすぎだ。オレサマだって可愛いだろ。

「あっ……せっかくの可愛いもふもふが……!!」

 腹が立ったので、元の姿に戻る。するとアミレスはやけに食い下がってきた。

「ねぇ、もうちょっとだけ触らせてくれない? だめ?」
「だーめ。ぼくで我慢してよ、おねぇちゃん」
「その顔と声で可愛い子ぶられても……」

 悪魔(ヴァイス)に戻った途端、この冷めようである。

「まァいいか。そうだアミレス、ちょっと表出ろ」

 そう言うやいなや立ち上がると、当の本人は何も分かっていない様子で「えぇ?」と素っ頓狂な声を漏らした。
 喧嘩か何かかしら……。と見当違いの言葉を呟きながらも大人しく着いてくるアミレスと共に、店の外に出る。すると夜空には丸々とした満月が浮かんでいた。

「わぁ……綺麗な月……」
「ま、オレサマの目当てはこれじゃァないがな」

 アミレスは眉尻を下げ小首を傾げた。
 それを横目に、魔王城にある服の中で最もそれらしい(・・・・・)礼服を召喚し、その場で換装する。それに合わせ、いつかの日に整えられた髪型をも再現した。
 風情もへったくれもありゃしねェんだ、せめてこれぐらいはしないとな。

「急にどうしたの? なんか、凄い王様みたいな服着て……」
「実際王様だっつの。──照明は、まァ……月があるからじゅうぶんか」
「照明……? 本当にどうしたの? 今から何するつもり?」

 状況が飲み込めずオロオロとしているアミレスの前で足を引き、背を曲げ、手を差し出す。
 それに視線を集中させて何度も瞬きする鈍感女に、直球で言葉を投げつける。

「……──シャル・ウィー・ダンス? あの満月よりも美しいお嬢さん……どうか、私めと踊っていただけますか?」
「えっ、な、なんで急にダンス……というか本当にどうしちゃったの? 風邪でも引いた……?」

 悪魔が風邪なんて引くかよ。
 つーか失礼な奴だな。オレサマはいつだって真面目だろ。

「はァ……お前さんが何やら落ち込んでるから励ましてやろうって思ったんだよ。せっかくお洒落したんだ、ダンスの一つでもやっておかないと勿体ないだろ」

 理由は分からない──いや明白なのだが、アミレスは夕方頃から露骨に落ち込んでいた。
 なので、それはもう気が利くオレサマが落ち込むアミレスに少しでもいい思い出をと、重たい腰を上げて礼服まで着たってワケ。

「それで、わざわざ外に来たの?」
「店内で踊るワケにもいかんだろう」
「……ぷっ、貴方って本当に優しいわね」

 弾けるように息を吐き、アミレスは柔らかくはにかんだ。
 そのすぐ後、「喜んで」とオレサマの手に小さな手のひらを重ねてくる。

「悪魔が優しいワケねェだろ」
「とか言いつつリードしてくれてるじゃない」
「やると言ったからには責任持ってやり遂げる。常識だ」
「真面目だなぁ」

 夜遅い事もあり人通りもまばらな道で、オレサマ達は鼻歌で音を取りながら踊った。
 公の場でコイツのパートナーとして踊る事が出来ないぶん、ここでとことん堪能しようという下心もあったが……途中からそれすらも忘れ、ただこの時間を楽しんでいた。

 ……この鈍感女は分かってねェんだろうな。
 オレサマが優しくするのも、気を使ってやるのも、全部──……お前だけだよ。ばーか。