ボクにも構ってもらえる上に、ついでに彼女の名前も聞けるというまさに一石二鳥の言葉。
 流石はボクだ、これは優雅に紅茶を決めてしまえるとも。……あれ、お湯多すぎた? 味薄いな……。

 下心満載で話しかけた事への罰が下ったのか、彼女は困ったような表情を作ったのだ。

「…………全然分からない」

 それにボクは右手に持っていたティーカップを落としそうになり、慌ててキャッチする。
 しかし動揺は隠せない。だって、この様子は……。

「自分の名前が分からないって、もしかして記憶喪失? それって大変な事じゃあ……」

 そしてボクは理解する。続く奇行の数々……あれは彼女が記憶喪失だからこそ起こした事なのだと。
 さっきあの子が初めて見る景色のように辺りを眺めていたのは、記憶を失っているからなんだ……そんな、凄く大変な事じゃあないか。

「……どうしてそんなに冷静でいられるの?」

 毅然とした態度の彼女にどうしても違和感を覚えたボクは、気がつけばそんな事を聞いてしまっていた。
 しかし彼女はそれすらも冷静に答える。

「……何にも分からないから、今こうして、色々情報を集めているの。精霊さんはここがどこだか知っている?」

 嘘だろ? 自分の名前より先にここがどこだかを気にするなんて。……本当に変わってるなぁ、この子は。
 だからこそ、目が離せない。凄く興味が惹かれるんだ。
 それじゃあこの子の質問に答えてあげようか、と喋ろうとした瞬間。ボクは恐ろしい事に気づいてしまった。

 ──ボク、この国の名前、知らないんだけど。

 いつも人間界の適当な所に端末を送っているから、今日も特に何も考えず書類をパラパラ捲りながら『この辺でいいかー』って適当に送り込んだだけだ。
 それでふよふよと端末を動かしていたら君を見つけた訳でして。さてどうしようか、君のいる場所の名前が全く分からないな。

「えっとねぇ……ボクも人間の国にはそこまで詳しくなくて……ちょっと待ってね、今調べてくるから」

 苦し紛れの言い訳を残して、ボクは勢いよく立ち上がり駆け出す。その際に色んなものに手やら足やらがぶつかってそこそこの音が生まれたのだが……多分、彼女には聞こえてないだろう。
 自室にある大きな本棚の中から、人間界の歴史の本を探し出し高速で頁を送り続ける。
 あの子のいる国の特徴……ええと、確か最初に端末を送ったのがどちらかと言えば西側だったと思うから…っ、大陸の西側にあって今日祭りをやっている大きな国──。

「あった! フォーロイト帝国か!」

 きっとこれだと信じ、ボクはまた急いで端末を操作している(正確には、端末に映る光景をこちらで即時投影する)水晶の傍に戻り、そして彼女に向けて自信満々に言う。