夢を見た。真っ暗な世界の中、見えるものは自分だけ。
 どうして光もないのに自分の姿が見えるのか分からなくて、辺りをキョロキョロと見渡しながら闇雲に歩いた。
 暗くて、怖くて、冷たい世界。
 よくよく見れば私は寝巻きに裸足だった。それを自覚した途端、急激に私の体は身震いする程の寒さに包まれた。薄手の寝巻きでは太刀打ち出来ないような、極寒に襲われた。
 何が起きているのだろう。これは本当に夢? いいえ、夢以外の何かだとは考えられない。これはきっと夢だ。

「へぇ、案外冷静なモンだ。普通の人間ならこんな状況に陥ったら焦るか発狂する所だろうに」

 突然、誰かの声が聞こえてきた。この空間に響き渡る低い美声が言葉を紡ぐ。
 その声と共に、前方に人影が見えた。とても偉い人のような……高貴さを感じる服装の男性。
 だが、その顔はペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたようになっていて、見えなかった。
 でもどうしてだろう、この人とは、初対面ではない気がする。

「ん? あぁ、初対面かもしれんし初対面じゃないかもしれん。そこの判断はお前に任せるわ」

 ……心を読んでる? さっきと言い、この人はまるで私の考えている事を読んでいるかのように話している。
 一体どういう事なのだろうか。それに、初対面かどうかの判断を任せるって……何言ってるんだろうこの人。

「初対面かもしれない相手に向かって失礼な奴だな〜。まぁ? とても偉大で寛容なオレサマは不遜な態度の一つや二つぐらいは見逃してやるがな」

 偉大? 寛容? 偉そうな変人の間違いじゃあないのかしら。

「お前思ったより毒舌だなァおい。オレサマは本当にとーっても偉い悪魔なんだぜ?」

 悪魔…………そういえばこの世界って悪魔もいたわね。悪魔と言うか、魔族がいて……その中に悪魔も分類されるんだったかしら。
 夢の世界に現れる悪魔……つまり、このヒトは夢魔って事かしら?

「オイオイ、勝手にオレサマを欲に負けた連中と一緒くたにするんじゃねぇ。オレサマは正真正銘混じり気のない悪魔だ」

 男はそう言いながら、私が思い描くような悪魔らしい漆黒の両翼を背に出した。それはこの暗闇の中でさえも浮き彫りとなるほど黒く、闇の中でも存在感を放つものだった。
 ただ、悪魔らしい羽を出された所でそれが純然たる悪魔である証明になるとは思えないのだけれど……偉大かつ寛容な悪魔は結構単純なヒトなのね。