『貴方との子供だもの、無理をしてでも産んでみせるわ…………ねぇ、あなた。生まれた子供は、沢山……沢山愛してあげましょうね』

 そして、出産が始まった。私に出来る事など何も無く、私はただ苦しむ彼女の手を取り『頑張れ』と声をかける事ぐらいだった。
 手を握っていて分かったのだが、彼女の体は人体とは思えない程に熱かった。
 近頃ずっと、金にものを言わせて屋敷に滞在して貰っていた国教会の大司教に並行して治癒や処置を頼んだ。それでも追いつかない程、彼女の体は燃えるように熱くなっていった。
 そして子供が生まれた時、ついに事件が起きたのだ。

『っぎゃああああっ』
『〜〜っ!? ぁっ、あああああああ! 熱い、熱いぃいいいっ』

 赤ん坊の産声に合わせて、彼女の体が内側より燃えたのだ。突如発生した異常事態にその場は騒然とし、私は絶望しかけた。
 しかしそんな暇も無いと必死に彼女を救おうと火を消そうとするが、原因も分からなければどうすればいいかも分からなかった。

『ネラッ! ネラぁあああああああッ!!』

 愛する妻が謎の炎に巻かれ苦しんでいると言うのに、私はただ叫ぶ事しか出来なかった。
 大司教も必死に火を消そうとするが、それもほとんど効果を見せなかった。
 思いつく限りの方法を試したが効果は無い。私の耳には、妻の苦悶の叫びと子供の産声だけが届く。
 更なる悲劇が起こる。彼女に続き子供までもが燃えたのだ。その手は生まれたばかりの赤ん坊の右腕を包み込み、赤ん坊の柔い右腕をあっさりと焼失させ、火の手は一時的に消えた。
 しかし、妻はまだ苦しんでいる。でも私には救う方法が……ッ!
 もう、どうしようも無い。膝から崩れ落ちそうになった時。大司教が何かを発見したようで……。

『まさか……っ、伯爵! 貴方の子供は魔眼を持っています! それも奥様と同じ延焼の魔眼です!! この発火はお子様の魔眼が原因と思われます!』

 子供の瞳を慌てて確認すると、確かに妻と同じ赤い特殊な雰囲気の瞳をしていた。

『すぐに魔眼封じの術式を構成します!』

 大司教の手により魔眼封じの魔法が発動し、火の手は収まった……が、しかし。子供の体から腕が一つ焼失し、妻は全身を焼き尽されてしまいそうだった。
 何も、無事じゃない。今日から平和で幸せな日々が始まる筈だったのに、どうしてこんな事に……。
 大司教の治癒の甲斐もあって、妻も子供も一命はとりとめた。
 だが……妻は大司教の治癒魔法を以ってしても治しきれない程内臓を損傷したようで、この日を境に寝たきりになった。それは十一年程が経った今も続いている。
 そして子供……いや、娘であるメイシアもまた大司教の治癒であろうとも治せない傷を負った。大司教と言えども失くなったものを治す事は出来ないらしい。
 それが可能なのは枢機卿やかの有名な聖人様ぐらいだと言われ…………事実上不可能なのだと突きつけられたようでその時は奥歯を強く噛み締めた。
 ……大司教は悪くない。これは私の怠慢だったのだ。
 もっとちゃんと妻の容態に気を配っていれば、もっとちゃんと延焼の魔眼を知っていれば、もっとちゃんと出産に気をつけていれば……そんな際限の無い後悔が押し寄せ、私の心を暗く覆い尽くしたのだ。