「聞いてくれ、ついに、メイシアに友達が出来たんだ。メイシアがあんなに無邪気に笑い、話している姿は初めて見たよ。しかも何と、相手はアミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下なんだ。本当に驚きだろう? メイシアを連れ帰って下さったのも王女殿下なんだ──」

 妻《ネラ》はずっと眠っている。もう十年近く、一度たりとも目を覚ましてくれなかった。
 妻は延焼の魔眼と呼ばれる特殊な瞳を持つ優しく強かな女性だった。朱色の髪が美しい、彼女の地元でも飛び抜けた容姿だった。
 彼女は平民だったのだが、たまたま彼女の住む街に商売に出ていた時に出会い、私は一目で恋に落ちてしまった。
 その後足繁く彼女の元に通い続け、一年程が経った時、彼女は観念したように私の告白を受け入れてくれた。それが今より十五年前。私が十九歳で妻が十七歳の時だった。
 きちんと段階を踏んで行きたいと言う彼女の為に、私達はまず恋人関係を楽しむ事とした。彼女がやりたい事を全て叶えてあげたかった。彼女が望む事を全て叶えてあげたかった。
 そうやって彼女と恋人になってから二年程が経ち、私はそろそろ求婚してもいいだろう。と巷で若い女性に人気の求婚らしい(伯爵家調べ)、指輪と花束を用意して勇み足で彼女の元に向かった……。
 そして求婚すると、彼女はとても困った顔をしてしまった。本当に自分でいいのかと、伯爵家に相応しくないのではと、彼女は昔から何度も繰り返し零していたが、私はその度に関係ない。と告げていた。
 そして私達はようやく婚姻を結んだ。彼女は晴れて伯爵家の一員となり、私が片想いに足掻き苦しんでいた事を知っている侍従達は彼女の事もすぐに受け入れた。
 私の両親も大恋愛の末にまとまった人達だったので、この事に一切文句を言わず、とても彼女を歓迎していた。

 ……そして私達は蜜月を過ごし、まぁ、なんだ……きちんと夫婦としての営みにも励んだ。
 寧ろ褒めて欲しいぐらいだ。私はネラと婚姻を結ぶまでほとんど手を出さなかったのだから。……口付けぐらいは許して欲しい。
 そして運良く、私達は子宝に恵まれた。彼女が懐妊したと聞いた時、私は大事な取引の書類をインク塗れにしてしまった。
 妊娠とは女性の体にかなりの負担がかかるものと、私も母から聞いていた。だから当時既に爵位を継承していた私は、できる限りの事をした。少しでも妻が過ごしやすいよう精一杯配慮した。
 そして私達は二人で子供の名前を考えたりもしていた。男の子ならニーズエイド、女の子ならメイシア……そうやって生まれてくる子供に思いを馳せていた。
 私はとても幸せだったし、これからも幸せなのだと思っていた。愛する妻と可愛い子供と共に幸せな家庭を築けるなんて、私はなんと幸福で恵まれているのか……そう、幸せを噛み締めていた。
 だがしかし、その幸せは無慈悲にも欠ける事となった。
 出産が近づくにつれ、彼女は高熱を出す事が多くなった。出産当日も高熱だった。無理はしなくていいと何度も伝えたのだが、彼女は高熱に汗を浮かべて微笑んで言った。